山添 拓 参議院議員・日本共産党

国会報告

2021年・第204通常国会

憲法審査会で参考人から意見を聴取し、国民投票法改正案について意見陳述しました

要約
  • 参議院憲法審査会で日本共産党を代表して意見表明。重大な欠陥を抱えたまま、採決ありきで審議を進める必要はどこにもない。コロナ対策を理由に改憲を論ずるのは言語道断。コロナ危機で脅かされている基本的人権を保障するために、憲法を活かした政治へ転換することこそ急務だ。

○参考人(上田健介君) 上田でございます。
本日は、本憲法審査会で意見陳述の機会を与えられましたことに感謝申し上げます。
早速意見述べさせていただきます。
一、まず、本改正案についてでございます。
まず、括弧一、いわゆる七項目についてでございますが、この共通投票所制度の創設等七項目は、公職選挙法と平仄を合わせ、投票環境の整備を行うものと理解しています。
憲法改正国民投票は国民主権の権力的契機の表れであるとするのが通説的見解であり、有権者が投票しやすい環境を整備することが望ましいことは言うまでもありません。また、投票事務を担う地方公共団体の担当者の立場からも、国政選挙の場合とできる限り平仄を合わせておくことは事務の混乱を防ぐ上からも合理的であり、その点からも望ましいと考えます。
次、附則についてです。
次に、修正案に言う附則四条一号の二項目については、さきの七項目と同様に考えます。二号の広告制限等について、国民運動投票等は、表現の自由で保障される、言わばど真ん中の行為でありますので、誰もができるだけ自由にこれを行うことができることを原則に考えるべきだと考えます。
ただ、いわゆる金の力により言論空間がゆがめられるのは問題だとの意見は、これは昔からございます。また、近年は、インターネットの発達に伴い、エコーチェンバーやフィルターバブルを通じた世論の二極化、フェイクニュース、ひいては世論操作といった問題も指摘されてきていますので、これらの対応を検討することは望ましいと考えます。
今後の議論に委ねられますので、ここでは二点だけ申し述べます。
まず、イ、ロですが、自由にするとどういう弊害が生じるのかというのを論証する必要がございます。この点、公職選挙法はいわゆるべからず集で、もう規制されていますので参考になりませんで、一つ参考になるかと思いますのは、いわゆる大都市地域における特別区の設置に関する法律に基づくいわゆる大阪都構想の住民投票、これはイ、ロの規制なしに行われていますので、まあ一地域の住民投票と憲法改正の国民投票とでは完全に同視はできませんが、イ、ロについて自由に委ねたときに弊害が生じるのか、どういう弊害が生じるのかを判断、検討する際の一つの材料になるのではないかと考えました。
次に、ハのインターネット等の適正な利用を図るための方策は、国民投票に限らず、選挙の関係でも検討すべき難問です。
ここでは、案に方策とあるとおり、法的規制については諸外国でもなお検討中の段階であり、例えばイギリスではインターネットの広告主の表示の義務付けが現在検討されてはいるようですが、検討中の段階でして、それゆえ、日本でも、法的規制の方法も探りつつ、差し当たりはそれ以外の方法、メディアリテラシーに関する教育、啓発、あるいは人々がインターネット空間の内外で多様な意見、情報に接することができるような環境の整備といったことが想定されます。
一つ思いましたのは、国民投票法では、国民投票広報協議会及び政党による放送、新聞広告が定められていますが、特に若年層に対しては、インターネット、SNSを通じた情報提供が大事なのではないかということです。
いずれにしましても、これらは専門家の意見も参考にされて議論を進めていただければと思います。
次に、二、憲法に関する議論の在り方について、やや法案から周辺的な話に行くんですけれども、関連する話だと思いますので論じさせてください。
今見ました広告規制等も含め、国民投票法の規律対象は発議後のものです。それゆえ、議論の焦点が発議後の議論の在り方に当たるのは当然のことです。しかし、それ以前の段階、すなわち国会での発議原案の審議の段階、さらには調査の段階における議論の在り方もまた憲法をめぐる熟議を可能とするために重要でありますから、以下、意見を述べさせていただきます。
なお、今、それ以前の段階と申しましたが、これは論理的に、発議の前には発議や改正原案の憲法審査会そして本会議での審査が行われ、更にその前には、何の前触れもなくいきなり改正原案が出されるというのはおかしいですので、憲法に関する調査が行われるはずであるという程度の意味にすぎません。後で述べますとおり、調査を行えば必ず原案提出に至る、あるいは原案提出するために調査を行うというような関係にはないと私は考えております点、念のため申し添えます。
私は、憲法に関する議論は、憲法に問題があるとの認識があるならば、その認識が正しいのかどうか、また、問題があるとして、その原因はどこにあり、何をどのように改善すればよいのかという観点から丁寧に行われるべきものと考えます。
日本の憲法をめぐる現状の問題点、その原因、改善すべきポイント等々といった事柄に関する情報を専門家の知見も生かしながらできるだけ多く収集、整理し、そして様々な立場から意見をぶつけ、議論するべきです。そして、そのような情報や意見を議論の大前提となっている憲法の意義や価値と併せて、調査と並行しながらできるだけ多く丁寧に国民に提供し、国民の中だけでなく、国会の中だけでなく、国民の間でも冷静に熟議を行えるようにするべきです。
今、(2)議論の対象ですけれども、今、憲法に関する議論と申しました。ここで憲法と言うとき、私は、日本国憲法、憲法典、講学上の形式的意味の憲法ではなく、国家の組織や作用に関する基本的な規範の内容そのもの、講学上の実質的意味の憲法、論者によっては憲法秩序という言葉も使ったりもしますが、そちらをイメージしています。
実質的意味の憲法はもちろん憲法典にも含まれていますが、それらに限らず、法律やあるいは判例法理、あるいは国会でしたら議院規則や先例、あるいは例えば理事会で議論するだとか、そういうような慣行も含めて、様々なその不文の慣行や運用など、様々な形で存在していると考えられます。憲法をめぐる論議というと、専ら憲法典、そしてその文言にだけ目が行きがちです。しかし、私は、むしろもっと広く、実質的意味の憲法、規範の内容に着目して検討を行うべきだと考えます。
現に、憲法審査会の任務には、「日本国憲法に密接に関連する基本法制」という文言の調査も含まれております、国会法百二条の六。ここには、後段で法案審議の対象として例示されている憲法改正国民投票法に限られず、先ほど申しました実質的意味の憲法が広く含まれるものというふうに読むことができます。実質、中身が大事だということです。この実質的意味の憲法、国政に関する基本的な規範の仕組み自体に問題がないのか、あるいは社会や国民意識の変化に対応しなければならない点がないのかは不断に検討するべきだと考えます。
ここで重要なことが二点あります。
一つは、憲法は国政の基礎となる仕組みに関わる規範の集まり、集合体ですから、ある部分を見る場合でも、全体の中での位置付けやほかの部分との関係を意識する必要があるということです。特に統治機構に関わる規範の場合、一部の規範を動かすと、権力の行使と抑制のバランスが崩れて別の部分に悪影響が出ることがあり得ます、あります。憲法はまた基本的な仕組みですから、局所的な議論は避けて、少なくともある程度まとまった固まりを見ること、さらには日本の社会、国家はどうあるべきなのかという大局的な見地から見る姿勢も大事だと考えます。
もう一点です。日本国憲法は、諸外国の憲法と比較して、憲法典としては文字数の少ない簡素なものであるという特徴を持っております。憲法典として簡素であるということは、上記の国政に関する基本的な規範を法律や判例などで補足をして具体化して、憲法典が定める骨格あるいは憲法の基本原理、これを損なわない限りで発展させていく余地が大きいことを意味します。
このように、良く言えば柔構造、柔軟性を備えていることが、日本国憲法が現在でも世界水準で通用する立憲主義の諸原理をいち早く備えていたことと併せて、七十年余りにわたって機能してきた理由なのではないかと見ています。日本国憲法のこの特徴を前提にする限り、実質的意味の憲法を検討して仕組みの改善を図らなければならないことが認識されても、法律の改正等によって実現できる事項が多いのではないかと考えます。
もちろん、法律改正等によっては改善できず、憲法改正が必要だという結論に至ることがあり得ることは否定しません。また、ある規範を、従来は例えば法律レベルだったものを憲法レベルのものに引き上げることによって保障の度合いを高めるということもあり得ると思います。さらに、憲法典全体について、先ほど申しました柔構造を改めて、もっと規範の、何というか、規律密度といいますか、それを高いものにするという見直し、これもあり得るかと思います。
しかし、議論のやり方として、実質的意味の憲法に着目を、もう少し意識をして着目をすることによって、結果として、その憲法改正を行う必要性だとか、あるいは法律改正等による方法を取った場合と比較してのメリットやデメリットのようなものが議論の中で明らかになり、結果としてもし憲法改正の発議になった場合にはより説得的な理由付けをもたらすでしょうし、あるいは、憲法改正の発議には至らず、法律制定等別の方法の方で解決ができるということになっても、これはこれで、もう大事なことはその中身が良くなること、悪くなりかけているものが戻ること、あるいはもっと良くなることが大事ですので、そういう法律制定等の方法になってもよいわけです。したがって、こういうアプローチというのは有用なものじゃないかというふうに私は考えております。
繰り返しになりますが、憲法に関する調査を行う際には、憲法典、形式的意味の憲法、条文だけではなく、より広い憲法秩序、実質的意味の憲法に意識を向けること、それから、条文よりも、まず、今、憲法規範に関係する現状、そこにどういう問題があるのか、そういうところに焦点を合わせるべきだと考えます。
三、議論の主体です。
憲法改正にもつながり得る憲法をめぐる議論は、憲法九十六条また国民投票法の定めから見ても国会での議論が中心になります。これについて三点申し述べます。
まず、憲法をめぐる議論は、政党本位ではなく、各議員が主体となり自由に行われることがあってもよいかと考えます。通常政治は、諸政党が政権を取り政策を実施することを目指し競争をし、言わば対立モードで行われるものであるのに対して、憲法は通常政治を行うため党派を超えて共有する土台です。もちろん、その中には通常政治における政策と密接に関わる条項もあり、通常政治における政党間の対立がそのまま持ち込まれる場合があることは否定しません。しかし、党派を超えて意見が一致することも多いはずですし、また、できるだけそうあるべきであると考えます。
他方、憲法は統治機構や基本的人権に関わる多様な論点を含みますから、特に人権に関わるものなどは同一政党に所属する国会議員の間であっても個人の信条というレベルで意見が分かれることがあって当然だと思います。論点によるのかもしれませんが、政党による縛りを掛け過ぎず、様々な意見を持った議員間での自由な議論をしていただきたいと願います。
次に、憲法は通常政治を行うための共通の土台ですから、憲法に関する議論それ自体もできるだけ幅広い合意を基礎に進められるべきです。憲法改正の発議要件が各議院の総議員の三分の二以上とされているのも、単に過半数の賛成でよい法律制定の場合よりも現状からの変更に慎重であるべきであるという趣旨だけでなく、党派を超えた幅広い合意に基づくべきであるという含意があると解することができます。その意味で、この憲法審査会がこれまで与野党を超えた合意を基本として慎重に審査を進めてこられたことに敬意を表する次第です。
最後に、国民との関係です。
言うまでもなく、主権者、憲法改正権者は国民であり、国会は発議を行うにすぎません。しかし、日々の生活の中で憲法について考えることが少なく、また関心を持っていない国民、方々も多いと思います。最近ではポピュリズムの弊害も指摘されています。国民の代表者である国会議員の方々には、国民の分断をあおるようなやり方ではなく、国民が憲法をめぐる諸論点について冷静に熟議することを可能とするよう、憲法の基本的な意義や価値と併せて、日頃からできるだけ多くの良質な情報を国民に提供する責務があると考えます。
繰り返しですが、国会には、憲法をめぐる現状に問題があるのか、問題があるならば、その原因はどこにあって、何をどのように改善すればよいのかという観点から議論をして、議論の基礎となる豊かな情報と多様な意見、そして大前提となる憲法の意義や価値と併せて分かりやすく国民に示していただければと思います。
以上で、私の拙い意見を申し述べた次第です。
ありがとうございました。
○会長(林芳正君) ありがとうございました。
次に、飯島参考人にお願いいたします。飯島参考人。
○参考人(飯島滋明君) この度は貴重な機会を与えていただきまして、誠にありがとうございます。
経済学部の教員ですけれども、憲法を専攻しています名古屋学院大学の飯島と申します。
資料の方をお配りさせていただいていますけれども、これ多分、授業でも多分九十分で収まらないのを作ってしまったなと思いましたので、かなりはしょって話の方はさせていただきたいと思います。
今回、私は七項目の、限定して話をさせていただきたいと思っていますけど、関連することについては発言の方はさせていただきたいと思います。
この七項目に関してなんですけれども、例えば、五月二十六日、憲法審査会ではですけれども、投票環境の向上だと、あるいはメディアでは、利便性の向上、そのために変えるんだということが言われることがございます。五月二十六日の憲法審査会でも、その外形的事項については公選法並びとすることが合理的だという発言があったと思います。
ただ、確かに向上する側面もあるかと思いますけれども、やはりここで先生方に考えていただきたいなと思いますのが、人を選ぶ選挙と憲法改正というものの是非を問うやっぱり国民投票には制度的あるいは趣旨に根本的な違いがあります。そういった違いもやっぱり適切な配慮をしないで、単純に同じ投票だからということで横並びにしてしまえということでは、やはり投票環境の悪化あるいは利便性の悪化をもたらす可能性がございます。
結論からいいますと、繰延べ投票の告示期間の短縮あるいは期日前投票の弾力的運用に関しては、明らかに投票環境を悪化させる、その可能性というのがございます。
本当、十五分でかなりはしょって話をさせていただきますけれども、法案の説明もちょっとできないところというのもございますけれども、御了解いただければと思います。
例えば、この繰延べ投票の告示期間の短縮ですけれども、これこそまさにやっぱり選挙と国民投票の違いというのが明確に現れる項目ではないかと思います。
結論からいいますと、日曜日に投票できないと、だけれども、まあ台風が来て投票ができない、今までの憲法改正国民投票であれば木曜日以降になるんですけれども、公職選挙法に合わせて翌日の月曜日投票できるようになってしまうと。これも考えていただきたいんですけれども、日曜日が台風です、あるいは大地震です、投票できません、翌日の月曜日投票できる制度、これが果たして投票環境の向上になるのかというと、私はそれはならないんだと思います。ですので、この項目に関しましては削除あるいは修正というのが必要ではないかというふうに考えます。
あるいはですけれども、選挙の際の繰延べ投票、これは例えば小選挙区とかであればそこだけやればいいのかもしれませんけれども、憲法改正国民投票のとき、一か所だけ繰延べ投票になりましたといったとき、やっぱりこれ全国に及ぶ可能性があるんじゃないでしょうか。そこもやっぱり先生方に御議論いただきたいというふうに思っています。
次ですけれども、期日前投票弾力的運用ですけれども、これも、例えば朝六時半から夜十時までできるという意味で向上になる可能性もないわけでもないですけれども、ただ、今の実際の運用を見ていますと、むしろ悪化する可能性の方が高いかと思います。
これ、本多平直議員が衆議院の憲法審査会で、二〇二〇年の十二月二日と二〇二一年の四月十五日にパネルなんか示して紹介されていたかと思いますけれども、やっぱりこの弾力的運用というのをやると五十一時間三十分から五十時間三十分に減ってしまうような事例があると。
私、現状を前提とすればという話をさせていただきましたけれども、例えば二〇一九年の七月の参議院選挙では、約三人に一人、三三%が期日前投票しているんですよね。三人に一人、三三%が期日前投票をしているにもかかわらず、期日前投票の時間を少なくしてしまう可能性があると。やはりこれ、投票環境の悪化の可能性があるんではないかと。
ですので、少なくとも一か所に関しては朝八時半から二十時までずっと開いているという仕組みというのはやっぱり残しておくべきだと思いますし、衆議院でもやっぱり議論がございましたけれども、確かに地域の実情というのはいろいろ違いますので、弾力的に運用するというのは必要がないとは言いません、合理性はあるんでしょうけれども、ただ、全体としてその時間が短くなってしまうようなことがないように、そういったための法案のやっぱり何らかの手当てというのは必要じゃないかと思います。
あと、今回の七項目の改正に関して申し上げさせていただきますと、期日前投票の事由として、天災又は悪天候により投票所に投票することが困難であること、これが期日前投票の事由として追加されます。自然災害で、言い方は悪いですけれども、投票できない、じゃ、期日前投票行こうというときに、その期日前投票の時間が短くなってしまうということであれば、やはりこれ投票環境の悪化になるということが言えるんではないかと思います。
そういった意味で、期日前投票の弾力的運用でありますとか繰延べ投票の告示期間の短縮に関しては、投票環境の向上どころか、むしろ悪化をもたらす可能性があるということを申し上げさせていただきたいと思います。
じゃ、その次ですけれども、憲法上問題がある問題ということについて話をさせていただきます。
二〇〇五年の九月なんですけれども、最高裁判所が、外国にいる日本人が投票できない、こういった公職選挙法は憲法違反だというふうに最高裁判所が判示しています。つい最近、最高裁判所の事例ではないですけれども、最高裁判所の裁判官の国民審査に関しまして、外国にいる日本人が投票できない、こういった事例に関しまして、二〇一九年の五月には東京地方裁判所が、二〇二〇年の六月には東京高等裁判所が憲法違反という判断を下しています。投票できない国民がいるということ自体、それが主権者の権利である参政権を侵害するということで憲法違反だというのが最高裁判所以下の裁判所の基本的な立場です。
これも後でもしかしたら時間があれば申し上げたいと思いますけれども、やっぱり憲法というのは、もしかしたら一回国民投票になってしまえば一生国民投票はないかもしれない。その効力というのはずっと続くわけですけれども、そういった国民投票のときに投票できない人たちがいるというのは、これは普通の選挙以上に憲法違反となる可能性、最高裁判所の二〇〇五年の在外投票のものを見ても憲法違反となる可能性というのは否定できないんではないかと思います。
そうした観点からですけれども、洋上投票の問題と、あと不在者投票の問題について先生方に提示させていただきたいと思います。
衆議院選挙あるいは参議院選挙の場合ですと、船員というのは、洋上投票を行う場合には事前に選挙人名簿登録証明書というのをもらいます。例えば、急遽ですけれども、衆議院が解散されましたということになったとしてもですけれども、その選挙人名簿登録証明書の有効期間というのは七年間ですので、それは投票用紙があればという条件になりますけれども、対応できます。
ですけれども、これ、横並びにすればいいのかという話なんですけれども、憲法改正国民投票のとき、実は法の二十一条の二項を見ますと、国民投票が行われる場合に投票人名簿というのは作られるというふうに条文では書かれています。もっと言いますと、憲法改正手続法五十三条一項を見ますと、投票人名簿又は在外投票人名簿に登録されていない者は投票することはできないというふうに書かれています。この規定を見ますと、じゃ、洋上にいて、いきなり憲法改正の発議になりました、投票もそのとき行われますと。これ、先生方はよく御存じだと思いますけれども、この国民投票の期間というのは六十日から百八十日間、ある意味で非常に短いです。その間に国民投票が行われてしまう可能性があると。
ですから、船に乗っかっている間に実は憲法改正の発議がされて投票ということもあり得ると。そのとき、この投票人名簿というのはどうやって作るんですかと。この手当てが実は法でなされているのかどうかといいますと、私、ちょっと何回も見たんですけど、よく分かりませんでした。ですから、これ、参議院の先生方にはちょっとここら辺も御審議いただければというふうに考えています。
私、ここでちょっと例を挙げさせていただきたいんですけれども、海上自衛隊員はどうなんですかね。今、政府の命令で例えば半年間洋上に出ているような場合があると。その出ているときですけれども、憲法改正の発議がされました、国民投票もその間に行われますと。そのとき、この海上自衛隊員というのは果たしてこれ、できるのかどうか。そこら辺に関しては、本当に先生方に参議院で十分な審議というのを尽くしていただければと思います。
これができないということになりますと、先ほど最高裁判所の私、裁判例というのを紹介させていただいたかと思いますけれども、投票できない主権者がいるということであれば、やはり最高裁判所の判例に照らしても憲法違反の可能性というのは出てきます。もっと言いますと、今憲法改正のいろんな議論がされているかと思います。自衛隊を明記するんだと、それが自衛隊員のためなんだということを言っていらっしゃるかと思いますけれども、じゃ、その当の自衛隊員が投票できないということになれば一体何のためなんだと、そういう話になりかねないんではないかと思います。
ですので、そうであれば、結局、憲法改正のために自衛隊員を口実にしただけかと。そういうことがないようにしていただきたいと思いますので、ここに関しては、本当、そういった仕組みがあるのか、あるいは私の見落としなのかというのを先生方に御検討いただければというふうには思います。
次に、不在者投票になります。
二〇一六年の十一月二十五日の参議院の倫選特ですけれども、要介護五に限定している郵便等による不在者投票に対して、当時の高市早苗総務大臣は、やっぱりこれは不十分だということをおっしゃっていました。今ここにいらっしゃる浅田先生も、これに関しては賛意を示されたと思います。私もそうだと思います。
個人的な体験になりますけれども、つい最近、要介護三という方に接していますけれども、一人で投票行くなんてやっぱりむちゃです、見ていて。その方は働いているということで、要介護二にされるかもしれないということも言っていました。そうであれば、本当に要介護三でもいいのかどうか、ここはやっぱり認識、議論する必要があるんだと思います。
ましてや今、コロナ感染が拡大する中、投票できない人がいるという状況に拍車が掛かっています。保健所の指示で宿泊療養、あるいは自宅での療養を余儀なくされて投票できない人たちというのがいるわけです。この人たちが放置されているということであれば、先ほど申しました二〇〇五年の最高裁判所の判例に照らしても、やはり憲法違反ということになるかと思います。
今、急遽、特措法を作るって、七月の都議選にという話ありますけれども、確かに法的な手当てというのは私は必要だと思いますけれども、ただ、選挙の要請というのは不正な投票というのも防ぐと、これは民主制の根幹に関わります。ですから、余りいいかげんなものを作ってもらっても正直言って困ると。
ですので、もちろん投票できない人がいるというのはまずいんですけれども、不正投票を防止するという観点からも、そういった観点からも適切なものをしっかり時間を掛けて作っていただければというふうに思います。
時間の関係がありますので、あとのことに関しては簡単に申し上げます。
例えば、公選法並び七項目に関して言えば、投票人名簿の閲覧の導入というのがございます。これに関しては私、評価できる点はあるかと思います。ストーカーやDV対策ということで、やっぱり簡単に個人情報を渡さない、それは評価できる点はあるんだと思いますけれども、これも実は宿題があるんではないかというふうに考えています。
衆議院がですけれども、二〇一八年六月に作成した資料ではですけれども、実は受刑者に関しては、要するにそれを見られることによってどこにいるということが分かってしまうと、刑務所にいるということが分かってしまうということで、結局は受刑しているんだということが分かってしまうと、これに対する対応が必要だということが書かれているんですけれども、衆議院の憲法審査会でそれが議論された形跡というのはございません。衆議院の憲法審査会で検討が必要だと言われたことを衆議院でやっていないというのは果たしてどうなんだろうかという辺りも、やっぱり検討の課題として残るんではないかと思います。
今度、ほかに必要なことということで紹介させていただきますけれども、在外投票、これ、今数字見ていただければ、参議院の資料も出て、先生方も御覧になったかと思いますけれども、百三十万人ぐらい日本人がいて、大体二万人ぐらいしか投票していないと。二%弱です。これでいいんですかね。むしろ、やっぱり、何でこんな少ないんだと、こういった辺りを検討するということが非常に必要なんじゃないかと思います。
ホームページ見ていただければ分かるかと思いますけれども、正直言って、投票制度、分かりづらいです。
憲法改正、国民投票法ではちゃんと何時から何時までって書いてあるんですけれども、この外務省のホームページ見ますと、朝九時半から七時だったかな、五時だったかな、ちょっと正確な時間忘れましたけれども、そこに投票します、場所によってはもっと短い可能性がありますとしか書いていないんですよね。外国にいて、ただでさえ大変なときに、日本よりか短い時間で投票なんかできるのかと。
そういった辺り、実はいろいろ、もろもろあります。むしろ、外国にいる日本人が投票しやすい環境というのをしっかり調べた上で対応するべきだと思います。出国時の申請制度を簡単にしましたという、そういう小手先だけではやはり問題ではないかというふうに思います。
今度、共通投票所の話もさせていただきますけれども、今年の四月十五日、憲法審査会で本村伸子先生が指摘されたかと思いますけれども、七か所あった投票所が結局三か所に集約されてしまうと、そうすると、投票所に行く距離というのが長くなってしまう、こういった事例があるということを本村先生は紹介されているかと思いますけれども、これで果たして投票環境が良くなったと言えるのかどうか。むしろ投票環境が悪化しているんじゃないかということが言えるかと思います。そこでやっぱり、十分な検討というのが必要ではないかというふうに考えます。
簡単にあと、まとめの方をさせていただきます。
公選法並び七項目の目的というのは投票環境の向上でありまして、確かにそういう側面がないとは全く言えませんけれども、繰延べ投票の告示期間の短縮、あるいは期日前投票の弾力的運用に関しては、かえって投票環境を悪化させる可能性があると。洋上投票や不在者投票に関しては、これは先生方に十分御検討いただきたいと思いますけれども、投票できない人がまだそのままになっている可能性があると。そうであれば、最高裁判所の判例に照らしても憲法違反状態が放置されている状況でありまして、この状況で国民投票なんていうのはもってのほか、憲法違反になる可能性もございます。在外投票や共通投票所に関しても、投票環境の向上という視点からやはり検討すべきことが検討されていないと言えるかと思います。
これも、ちょっと、まあ、過ぎてしまうのでやめます、短くしますけれども、私、二回の先生方の審議見させてもらって、非常にやっぱり先生方がいら立っている、頭に来ているの分かりました、衆議院は何でこんなもの送ってくるんだという。法の専門家から見ても、今申し上げましたとおり、やっぱりちょっと問題多過ぎますよ。これを通すのかどうか。
実は、これを通してしまうということは、先生方が感じたのと同じこと、衆議院が何でこんなの通してくるんだというのを感じたと思うんですけれども、それを国民に対して先生方がやることになるかもしれないと。そうならないようにするために、しっかりした審議、場合によっては衆議院に反省を迫る意味で、何だこれと送り返すぐらいのこともやっていただければというふうに思います。
ありがとうございます。
○会長(林芳正君) ありがとうございました。
次に、浅野参考人にお願いいたします。浅野参考人。
○参考人(浅野善治君) 大東文化大学の浅野善治と申します。今日はこのような機会をいただき、大変感謝をいたします。
日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案及びこれに対する修正案に対してということで意見を述べさせていただきたいと思います。
内容についてもいろいろ意見があるわけでございますが、まあそれはちょっとそれといたしまして、また後ほどということにいたしまして、むしろこの法案の審議の仕方ですね、それについて少し考えるところがございますので、その辺りのことについて少し意見を述べさせていただきたいと思います。
ほかの参考人の先生方がレジュメを用意していらっしゃるんですが、私は、ちょっと済みません、レジュメは用意していなかったものですから、参考資料がございません。配付資料はございませんが、お聞きいただければと思います。
この改正案ですけれども、提案されたのが平成三十年の六月、百九十六回国会ということでございます。もう既に三年が経過しようというような時間がたっております。こういうように、長い時間が掛かりましたこと、これは大変残念に実は思っております。また、こうした改正案の審議が憲法改正の実質的な審議そのものと関連があるかのように取り扱われているとすれば、やはりこれも非常に残念なことだというふうに思っております。
憲法改正というのは、やっぱりその国の基本である憲法の内容を主権者たる国民が国民の意思によって決定するという、国民に与えられた非常に重要な、国民主権の本質を確保するための極めて重要な権利というふうに思っております。ですから、これが実質的に十分に機能するようにということというのは常に配慮されていなければならないというように思います。
憲法改正の議論に絡んで、立憲主義ということがよく問題にされます。立憲主義とはということですと、その憲法を守って、権力者の権力行使を憲法に従わせることによって国民の自由を守るというようなことが言われて、憲法を守るこそが重要だと、こういうように説明されるわけですが、これは一面正しいところもあるわけですけれども、その従わせる憲法自体が主権者たる国民の意思によって決定されているものでなければ、この立憲主義というのは全く意味を成さないということになるかと思います。そういう意味では、現在の国民ですね、過去の国民ではないです、現在の国民が、その国民の意思に従って今の憲法を検証し、また改正が必要であれば常に改正ができるように、それを確保しておくことということが極めて重要なことでありまして、これが確保されなければ立憲主義というのは成り立たないというふうに思っております。
ですから、そういう意味では、憲法改正の審議というものはできるだけ常に行われなければならないというふうに思っております。
ですから、法案の審議というものがあって、その法案の審議の都合によって憲法改正の実質の審議が遅れる、あるいはそれが後回しになるということがあるとすれば、これは立憲主義というものについて、国会のその法案審議が立憲主義を阻んでいるというようなことを言ってもいいぐらいと思っております。そういう意味では、国民の憲法改正の権利、これが実質的に確保されるようにということ、これをまず最優先にして、こういう関連法の審議というものも進めなければならないというように思っております。
そういう意味では、憲法改正の実質的な審議をこの法案の審議と関連させるというようなことはあってはならないというふうに実は思っておりまして、全く別に切り離して行うこと、これが極めて適切なことではないかなと実は思っております。
よく、憲法は国会に対して唯一の立法機関だという地位を与えている、国権の最高機関であり唯一の立法機関だという地位を与えているということが言われます。これはよく承知されていることなんですけれども。
唯一の立法機関というのは、国会じゃなければ法律が作ることはできない、あるいは国会がほかの誰にも拘束されずに法律を作ることができると、こういうことでございますから、法律を作るという局面では、国会は自由にその審議の仕方を決めてもいいし、その内容を決めてもいいわけです。ですが、憲法改正の発議ということは、これは実は立法活動とは全く違った機能を憲法が国会に与えているわけですね。ですから、これは立法機関として国会は活動しているわけではなくて、実は、憲法改正を行う国民、主権者たる国民の総体、国民の有権者団と言ってもいいかもしれませんが、その国民の有権者団が持っている憲法改正権、その準備をする、そのための原案を作成し、憲法改正の発議をする、これが国会の役割ということだと思います。ですから、そういう意味では、国会が立法活動として行っているわけではなくて、むしろ国民の憲法改正権、それを受けて国会が活動しているということになると思っております。
そういうことからすると、国民が憲法改正についてどのように考えているかということを的確に反映して審議をし、またその審議の運営もなされなければならないというように実は思っております。
そういうことからしますと、例えばNHKがこの五月に行いました憲法改正の議論についての世論調査、この中では憲法改正の議論を進めるべきだという国民が五四%、進める必要がないという国民は二七%です。さらに、この三月から四月に読売新聞が郵送によって行った世論調査、これはもう憲法審査会の審議の在り方についてそのものを聞いているわけですが、憲法審査会の審議が予算案や他の法律の審議など国会の状況に影響されず議論を進めるべきだとしているのが七二%、そういう予算案やほかの法律の審議など国会の状況によって議論が進まなくてもいいと言っているのが二二%という数字です。ですから、国民の七二%は、国会の予算案やほかの法案の審議などの都合によって憲法審査会の審議が進まないということについておかしいというふうに思っているわけです。
さらに、その同じ読売新聞の世論調査では、各政党が憲法改正に関する議論をもっと活発に行うべきだというのが六五%、そうは思わないが三〇%です。さらに、憲法改正をする方がいいかということもその世論調査は行っているわけでして、憲法改正をする方がいいという数字が五六%、憲法改正をしない方がいいという数字が四〇%なんです。
ここでちょっと注意して見てもらいたいことは、憲法改正をする方がいいという数字が五六%なんですが、憲法審査会の審議が予算案や他の法律の審議など国会の状況に影響されずに議論を進めるべきだと言っているのは七二%なんです。ですから、憲法改正をした方がいいと言っているのは五六%なのにもかかわらず、憲法審査会の審議は進めるべきだが七二%なんですね。ということは、憲法改正に反対の人もこの憲法審査会の審議は進めるべきだという人がかなりいるということなんですね。ですから、そういう意味では、憲法改正の実質審議をこの憲法審査会がほかの法案の審議などには影響されずに進めるということを国民が期待をしているんだろうと思います。そういう国民に応えることこそが国会の与えられた重要な責務だと実は思っております。
ですから、こういう改正案の審議が憲法改正の実質的な審議に影響を与え、あたかも改正案の審議が優先されて、それが終わってから憲法改正の審議をしなければならないというふうなことだとすれば、これは極めて国会の在り方として問題があるのではないかというように思うところです。もし憲法改正に反対ということであれば、国会の憲法改正の実質的な審議の中でいかに憲法を改正すべきではないかということをしっかり議論するということも国民は期待しているわけでして、まさにそういう憲法改正の審議の中で国民に対して、憲法改正の論点、問題点、あるいは憲法改正をいかにしない方がいいかということも含めて、そういったことの内容をしっかり議論をして国民にそれを見せていくことというのがまさに国会の憲法審議の在り方ではないかなというふうに思います。
先ほどほかの参考人の方からも御意見がございましたように、こういった憲法改正の審議というのは、国政の政策選択という形で選ばれてくる選挙での投票、そういったものとはかなり性質が違うというふうに思いますので、政党選択をして政策選択をしている、そういうその国会議員の活動ということとは切り離して、やはり国民の代表という一人一人の国会議員の立場、ですから、そういう意味では政党を離れた議員個人の立場、そういったもので議論が進められるべきだと思いますし、党派性とかそういったものを抜きにして国会の憲法審議というものがなされるべきだというように実は思うわけです。
そういったことで、国会の憲法改正案の審議というのは、その関連法案の、例えば今回の憲法改正の手続に関する法律の一部改正案の審議の国会の在り方とはかなり性格が違うものだというように思うわけでして、ですから、そういう意味では、そこは切り離して別な考え方で審議が進められるべきだというふうに思います。ですから、そういう意味で、この改正案の審議の在り方ということについてはそういった面から強く意見を申し上げたいと思うところです。
そういう審議の在り方を、全く性質のものを、別に、一緒のこの憲法審査会で行うということ、これ、ほかの、憲法審査会とは別に、憲法審査の、憲法の実質的内容を審査する機関と関連法案を審議する委員会と分けてあれば非常に問題が少ないわけですけれども、それも同一の憲法審査会で行うということだとすれば、やっぱりそこはきちんと区別できるように、例えば小委員会というような形で分離をするとか、あるいは分科会というような形で分離をするとか、そういった形で明確に分けてその審議を進めることというのが望ましいんじゃないかなというのが私の意見です。
この改正案の内容自体につきましては、やはり投票機会というものをできるだけ保障しよう、あるいは投票権者の利便性をできるだけ確保しようというような形で様々な議論がなされているところでございまして、ある意味、公選法の審議の中で十分な議論も尽くされているというふうに思いますので、この七項目については、公選法に、これ、投票のときに表れる意思、これをできるだけ正確に、またできるだけその利便性を確保しながらそれを聞き取るというような意味での内容というふうに思いますので、これは速やかに改正をすべき、決定をすべきだというふうに思いますし、また、広告規制、その他のインターネット規制、広告放送、有料広告規制、こういったことにつきましては、やはりそれは憲法審査、憲法改正の審議というものといわゆる選挙で候補者を選ぶということ、その性格の違いというもの、それを十分に踏まえた上で、この国民投票の、国民投票運動と言っていいのかどうか分かりませんが、そういったものを制限することというのは、まさに政治的な意見表明自体を止める、あるいは制限するということにつながるものというふうに考えられますので、できるだけそこには制限を掛けないということが望ましいというふうに思います。
ただ一方、さはさりながら、例えば資金力による意思がゆがめられるとか、そういった弊害というのがもし仮にあるとすれば、具体的にこの政治活動の自由、そういったものを制限する弊害としてどういうものがあるのかということ、それをきちんと洗い出した上で、その政治活動の自由を制限してでも止めなければいけない弊害、それを除去するという限度で制限を掛けていくということが望ましいんだろうというふうに思います。ただ単に、選挙運動の規制というような形で共通の土俵をつくる、一つのルールを作るという形でその制限の内容を決める、そういうものではないというふうに実は思っております。それが今回の改正案の内容ということの意味というふうになるかと思います。
いずれにしましても、一番意見として感じておりますところは、こうした改正案の審議が憲法改正の実質的な審議というものとは全く性格が異なるものだということでございまして、そこはきちんと分離をして、憲法改正の審議というものは、いつでも国民が望むのであれば、それをきちんと受け止めて国会が審議をしていくことが重要だということ、これは強く意見として申し上げたいと思います。
どうも御清聴ありがとうございました。
○会長(林芳正君) ありがとうございました。
次に、福田参考人にお願いいたします。福田参考人。
○参考人(福田護君) 弁護士をしております福田と申します。
本日は、憲法改正手続法についてのこの場で意見を申し上げる機会、与えていただきまして、大変ありがとうございます。
今日は、資料として、私のレジュメと、それから日本弁護士連合会、日弁連と申しますけれども、日弁連が作成、発表している意見書を二通御用意いたしましたので、適宜御参照をお願いしたいと思います。
最初にお断りをしておきたいのですけれども、私は日弁連の憲法問題対策本部というところに所属をして、日弁連の意見書作りなどにも関与をしてきております。本日も先ほどの資料をお配りをさせていただいております。しかしながら、本日は、日弁連の委員としての立場ではなくて、弁護士個人としての意見を申し述べさせていただくということにしたいと思います。それは、大筋において日弁連の意見と重なりますけれども、一部異なるところもございます。そのようなものとしてお受け止めをお願いしたいと存じます。
私からは、憲法改正手続法の質的な面、これを中心にお話をさせていただきたいと存じますが、まず最初に、私としての結論的な意見をまとめて申し上げさせていただきたいと思います。
現行の憲法改正手続法は、仮に今審議されている公選法並びの改正がなされても、根本的な部分に欠陥があって、その対処がなされない限りは公平公正な国民投票が保障されず、このままでは実際に適用されるべきものではない、国民投票が実施されてはならない、このことを強調させていただきたいというふうに存じます。
公平公正な国民投票の実施、実質的平等の確保された国民的熟議の下での国民投票の実施、これは憲法改正というこれ以上ない重要な選択において必ずや確保されなければならない憲法上の価値だと存じます。憲法九十六条も憲法十四条もそれを要求をしていると考えます。これは、衆議院において提出をされた修正案の附則第四条、特にその第二号に基づく措置がとられても、なお十分ではないのではないかと考えております。
もし仮に現状のままで国民投票が実施された場合、特に国民に極めて影響力の大きいテレビ、ラジオのCMを含む有料広告においては、賛成派、反対派の間でその量、放送時間帯等に圧倒的な格差が生じます。極めて不平等な事態が現出すると存じます。また、現状で規制のないインターネットの使用や広告というのは、全く無秩序な状況を呈するのではないかと危惧をされます。さらに、これは最低投票率の問題に関連しますけれども、選挙での投票率が大きく低下してきている現状では、根本規範たる憲法改正の正当性、これを基礎付けるに足る賛成票というのがないままに憲法改正がなされてしまうおそれ、これも感じないではいられません。
憲法改正における国民投票の性質という点についてですが、改めて強調させていただきますけれども、著名な憲法学者、芦部信喜先生は、その著書において、国民投票による憲法改正決定の方式というのは、国民主権の原理と最高法規としての憲法の国民意思による民主的正当化の要請とを確保する最も純粋な手段と言うことができる、こういうふうに述べておられます。
このような憲法改正というのは、まさに憲法制定権力ないし改正権力の発動でありますから、立憲主義の理念に支えられ、それを具現したものでなければならないと存じます。憲法改正国民投票は、それによって国民が自らの権利、自由を確保すべきものであって、国民が権力に対して何をどう守らせるのか、その規範の新たな定立でございます。そして、それは国と国民との在り方、これを将来の長きにわたって決定付けるものになります。憲法改正手続は、そのようなものとして憲法改正の正当性を十分に根拠付ける、そういうものでなければならないと存じます。
国民投票がそのようなものであるためには、幾つかの最低限の要請ないし条件が満たされる必要があると存じます。一つは、国民投票手続が国民の主体的、能動的参画を保障するものでなければならない。二つ目は、主権者である国民間でその参画の機会、これが実質的な公平、平等を保障される必要。そして同時に、その制度が公正なものとして用意をされ、その公正な運用が確保される必要というふうに考えております。
日弁連は、憲法改正手続法について、二〇〇四年に与党がその法案の検討を始めたその時期から検討を行ってきておりまして、二〇〇五年二月には法案に対する意見書を発表し、その後も数次にわたる意見書を公表して提言を行い、また、その時々の状況の推移に応じて会長声明なども発表してきております。
本日は、私の意見を申し上げる参考資料として代表的なものを二つ、既に御覧いただいているかもしれませんけれども、改めてお手元に配付させていただきました。
一つは、二〇〇七年五月に制定された憲法改正手続法において残された必要な検討課題、これは何かということを指摘したものでございまして、二〇〇九年十一月十八日付けの意見書です。
これは、八項目にわたる問題点を挙げて、例えば、公務員、教育者の地位利用による国民投票運動、この禁止規定の削除、あるいは組織的多数人買収の、あるいは利益誘導罪の削除などを求めておりますけれども、特に重要な点として指摘をしているのが国民に対する情報提供の在り方の改革でして、一つは国民投票広報協議会、この構成等の見直しをし、二つ目、公費によるテレビ、ラジオ、新聞の利用の拡大、公の費用によるですね。それから三つ目、有料意見広告放送の賛成派、反対派の実質的な公平の確保、そして投票期日前十四日間の禁止期間の再検討の必要性、これを強調しております。また、最低投票率の規定は必要不可欠であるという立場を取っております。
もう一つお配りした二〇一九年一月十八日付けの意見書は、自民党の改憲四項目など憲法改正が具体的に提起される政治状況の下で、憲法改正手続法の適用がなされることがある場合に必要と考える最低限の措置を提言したものとなっております。
そこでは、改めて、テレビ、ラジオの有料広告放送について、賛成意見、反対意見の公平性を確保するため、国民投票運動のための広告、いわゆる勧誘CMだけではなくて、意見表明のための広告、いわゆる意見表明CMですね、これも含めて規制の必要性の検討、そして対処を求めております。同時に、公費によって、公の費用によって広告を含む放送について平等かつ必要十分な放送枠を確保することを求めております。また、ここでも最低投票率の規定を新設すべきものと提言をしております。
なお、私、参考人といたしましては、二〇一九年意見書中、広告放送の規制は意見の表明も含めて積極的に実施すべきであるというふうに考えておりまして、またインターネットによる広報及び広告規制の検討も必要不可欠だというふうに考えております。
そこで、公平公正な国民投票を実施するための不可欠の条件でございますが、一つ目、憲法改正案について、主権者国民間において情報の共有、賛成、反対運動の意見表明の機会の実質的平等の確保、そのための措置が必要不可欠であり、また、インターネットを含めて有料広告規制と、その反面としての公費による国民投票運動の制度的保障のための措置、こういうふうにまとめて申し上げたいと思います。それから二つ目として、将来に禍根を残さないだけの憲法改正の正当性根拠、その根拠としての多数国民の賛成が制度的に保障されることが必要であって、そのための措置として、まずは最低投票率制度の導入が求められると考えております。
少なくとも、これらの措置を欠いたままでの憲法改正手続には、憲法制定権力である主権者である国民の意思の表明であるべき国民投票として根本的な欠陥がある、現行法のままで国民投票が実施されたら、その欠陥が露呈し、憲法改正という国の根幹を誤ることになりかねない、その意味で現行法は欠陥法であり、憲法十四条、九十六条に違反した状態であるというふうに考えております。
以上申し上げた意見を補強するものとして、これまでの国会審議から二点を指摘しておきたいと思います。
一つは、法制定時の参議院調査特別委員会の十九年の附帯決議、それから二十六年の六月の附帯決議でも再確認されておりますけれども、最低得票率制度の検討と、それからテレビ、ラジオの有料広告規制、これについての検討は、いずれも本法施行までになされるべきこととされておりました。逆に言うと、この検討や措置が取られない限り、この法律は実施してはならないということになろうかと存じます。
もう一つは、法律の制定の前提とされた、日本民間放送連盟、民放連ですね、この考え方とのそごがその後明らかになって、このままでは法律の広告規制の不備の問題が顕在化してしまうということへの危惧でございます。
二〇一九年五月九日の衆議院憲法審査会では、野党側の立案担当者であられた枝野幸男先生が次のように述べておられます。
すなわち、立法当時、民放連参考人の答弁によって有料広告に関して量的な自主規制がなされるものと受け止めていたけれども、その前提が違うとなると、現行法は欠陥法だということにならざるを得ない、したがって、現行法のままで国民投票は施行できないということになります、当時の民放連の御発言が真意と違っていたという受け止めをした中で法律が作られたということで、もう一度当時に戻って議論をし直さなければならない、このままではこの国民投票は使えません、こういうものでございました。
現行法のままでは法は所期の目的を達成できず、欠陥法のままであり適用できないということが率直にここに述べられております。
テレビの有料広告放送の規制の問題、これについては国会の内外でも相当程度議論がなされてきており、その内容や表現の自由との関係の問題、ここでは改めて申し上げることは差し控えたいと存じます。
ただ、諸外国においても国民投票において有料広告を禁止している国は相当多くて、特に、イギリス、フランス、イタリア、ポルトガルなどで、これを禁止する代わりに、無料広告放送枠を用意をするという、そういう制度づくりがなされているということは私たちも十分参考にできるのではないかと思います。
私自身は、その公費による意見の広告の十分な機会を保障する制度、これが非常に重要だと思っておりまして、国民投票広報協議会の組織構成を賛否平等なものに改編をするとともに、政党等に限らず国民に広くこれを開放し、国民が無償で、必要十分な質と量の意見の広告、これを発信し得るようなシステムづくりというのを御検討いただきたいと存じます。これが有料広告の禁止に代わるものに、それに足りるものとして、憲法改正課題にふさわしい放送時間、この枠を保障するものでありたいと考えております。これらの措置はインターネットの意見の広告についても同様だと思います。
これはこれから十分に検討すべき課題だと存じますが、付言を申し上げておけば、広報協議会による憲法改正案のその他参考事項の広報の手段は、現在、放送と新聞についてのみ法の百六条、百七条で規定されておりますけれども、インターネットのホームページ開設による広報というのは、これは規定されておりません。これは必須だろうと存じますので、御検討をお願いしたいと存じます。
最後に、最低投票率制度の問題について触れておきます。
国政選挙の投票率の長期低下傾向は明らかでありまして、最近は五〇%を切るケースも生じております。国の最高法規の現状を変更する、そういう国民の意思表示は明白かつ積極的なものでなければなりません。
低投票率の場合に、加えて、有効投票の過半数でよいとする現行法の下でなおさら、国民のごく一部の賛成意思で憲法改正の効果が発生するとしてよいのか、それでこの憲法改正の正当性が肯定できるのかという問題であります。例えば、四〇%の投票率で二〇%程度の国民の意思によって憲法改正がなされてよいのか、大変疑問に感じます。
この問題は、日本国憲法制定審議の当時から既に意識をされ、学説上も通説的見解としてこれを肯定してきております。この制度についてのいろいろな批判や問題点、この指摘は承知をしておりますけれども、最高法規改正の国民の意思の担保のために最低投票率の導入が望まれるというふうに考えております。
以上、御清聴ありがとうございました。

 

 
○山添拓君 日本共産党の山添拓です。
国民投票法改正案について意見を述べます。
本法案は、改憲のための手続法であり、改憲しようとするのでなければ改定する必要はありません。菅首相が改憲論議を進める最初の一歩と述べ、発議者も当審査会で改憲議論の大前提として審議してきたと認めたとおり、本法案は、自衛隊明記の九条改憲を含む改憲四項目の議論を進めたいがために、呼び水として提出されたものでした。
ところが、政治の優先課題として改憲を求める世論は一向に広がらず、発議者自身、一つの大きな反省点と述べるに至っています。国民が求めていないにもかかわらず、改憲ありきで前のめりの姿勢こそ反省すべきです。安倍、菅両首相が、首相に求められる憲法尊重擁護義務と三権分立の原則に反して改憲の旗を振るのは異常な姿であり、国民世論との乖離はいよいよ深刻だと言わなければなりません。
この下で、本法案は重大な欠陥を含んだものとなっています。発議者が投票の質に関わる部分と述べたCM規制や最低投票率、公務員の国民投票運動などは、本審査会が過去に附帯決議で検討を求めた事項であるにもかかわらず、本法案では置き去りにされています。
本日の参考人四人全員が広告規制などの議論の必要性について言及され、五月二十六日の質疑では、発議者自身も今後議論すべき重要な課題と述べ、不完全であることを認めました。
福田参考人は、国民投票手続は憲法改正の正当性を根拠付けるものでなければならないと指摘し、主権者である国民間で公平、平等である必要性、制度や運用の公正を確保する必要性を強調しました。具体的には、インターネットを含む有料広告の規制とセットで公費による国民投票運動等の制度的保障が必要であること、最低投票率制度の導入が必要であることを挙げ、これらの検討を欠いた改憲手続には根本的欠陥があるとの批判です。公選法並びとされる本法案によっても、公平公正な国民投票手続が保障されず、実際に適用されるべきものではない、憲法違反の欠陥であるという指摘は重く受け止めるべきです。また、この点は衆議院の修正による附則第四条によっても解消されません。飯島参考人が指摘したように、改憲国民投票は一度行えば一生できないかもしれないものです。投票できる機会はなるべく多くすべきであり、現在、公選法の下で投票機会が減少していることへの法的歯止めこそ求められます。
法案審議で、発議者は、本法案を今国会で急ぐ理由を語ることができませんでした。上田参考人が熟議になっていないと述べるのも当然です。重大な欠陥を抱えたまま採決ありきで審議を進める必要性はどこにもありません。ましてや、コロナ対策を理由に改憲を論ずるなど言語道断です。
コロナ危機で脅かされている基本的人権を保障するために憲法を生かした政治へ転換することこそ急務であることを申し上げ、意見表明とします。