山添 拓 参議院議員 日本共産党

国会報告

2022年・第210臨時国会

寄附不当勧誘防止法案 洗脳下での対応困難「実効性ある修正を」

○山添拓君 日本共産党の山添拓です。
統一協会による加害行為の中核は、正体を隠して勧誘し、知らないうちに教義を教え込み、信者に仕立て上げる、すなわち信教の自由を侵害する点にあります。その下での献金被害の実態からすると、今審議している法人寄附不当勧誘防止法案では不足している点が幾つもあると、衆議院で全国霊感商法対策弁護士連絡会の川井参考人が指摘されました。政府案の時点で見直し規定が入っていたのも、残る課題があることを前提にしたものだと思います。
〔委員長退席、理事石橋通宏君着席〕
大臣に伺います。
現在の法案で、大臣としてはどのような点が不足していると認識されていますか。

○消費者担当大臣(河野太郎君) 政府案として最大限努力して法案を作ったわけでございますので、法律が施行された後、その施行状況あるいは社会経済情勢の変化、そうしたものを見極めながら必要な見直しはやってまいりたいと思います。

○山添拓君 私は、本法案の現時点の法案に、その実効性に大いに疑問があり、それは看過できないと考えます。
資料をお配りしております。
消費者庁に伺います。
法案四条六号です。ちょっと簡略化しておりますが、法案四条六号は、寄附の勧誘をするに際し、不安をあおり、又は不安に乗じて、寄附が必要不可欠と告げることによって、困惑させてはならないという条文です。この四つの要件、大まかに言えば四つの要件ですね、それを全て満たす行為を禁止するものです。寄附を勧誘する側に対する禁止規定として定められています。ですから、寄附を勧誘するその時点で四つの要件全てがそろっていることが必要ということですね。

○消費者庁審議官(植田広信君) この要件について、二と三の間、三と四の間に因果関係が必要ということでございます。

○山添拓君 いや、私が伺っているのは、寄附を勧誘する側ですね、法人の側が勧誘する際に四つの要件全てがそろっていることが必要だと、そういう条文ですね。

○政府参考人(植田広信君) 失礼しました。
寄附を勧誘するというのが要件かどうか別でございますが、この四つが必要ということでございます。

○山添拓君 それは、寄附を勧誘する際に、呼びかける際に全ての要件がそろっている必要ありますね。うなずいておられますけど、答弁してください。

○消費者庁次長(黒田岳士君) 御指摘のとおりでございます。

○山添拓君 そうでなければ行為者にとっては何が禁止されているか分からないことになりますから、総理や大臣が明確性が必要と繰り返されているのもこの趣旨であろうと思います。
既に指摘されているように、統一協会による被害では、入信し教義を植え付けられた下での寄附であり、寄附の時点では義務感や使命感に基づいて行われ困惑していないケースが多くあります。
この場合に取消し権が行使できるかについて総理は、お配りしているように、いわゆるマインドコントロールによる寄附については、多くの場合、不安を抱いていることに乗じて勧誘されたものと言え、新法案による取消し権の対象となると考えられる、寄附当時は自分が困惑しているか判断できない状態にあったとしても、脱会した後に、冷静になって考えると、当時、不安に乗じて困惑して寄附をしたということであれば、そのような主張、立証を行って取消し権を行使することが可能であると述べています。
〔理事石橋通宏君退席、委員長着席〕
これは、事後的に被害者が主張すれば、遡って四条六号の要件を満たして禁止される行為になるという意味なんですか。

○政府参考人(植田広信君) 気が付いたとき時点から遡っているという意味ではおっしゃるとおりかもしれないですけれども、その遡った時点で既に困惑をしていたということでございます。

○山添拓君 いやいや、寄附の時点では、本人の自覚としては困惑していないんですよ。午前中の答弁でもありましたが、この困惑というのは内心の問題だと答弁されていましたよね。ですから、寄附の時点では、マインドコントロールされて義務感や使命感でやっていますから、困惑していないわけですよ。それを事後的に冷静になって考えると、当時、不安に乗じて困惑していたというふうに考えた場合にはそういう主張ができると。総理の答弁はそういうものですね。

○政府参考人(植田広信君) その当時困惑していたということでございます。

○山添拓君 その当時困惑していたけれども、しかし、本人の内心としては困惑していないわけですよね。それは、寄附を勧誘する相手にとっても困惑しているようには見えないわけですね。

○政府参考人(植田広信君) そこは、本人の自覚といいますか、そのときに困惑していないと仮に言ったとしても、困惑していた、振り返ってみると困惑していたということでございます。

○山添拓君 しかし、振り返ってみると困惑していたというのは、本人がそのようになるかどうかに懸かっていますね。客観的には困惑していた場合には困惑に当たると、そうおっしゃりたいんですか。

○政府参考人(植田広信君) そこは、不安をあおられ、又は不安に乗じてそういった状況になっていたということでございます。

○山添拓君 いや、条文はそうじゃないんですよ。不安にあおられ、不安に乗じてなら自動的に困惑には当たらないんですよ。条文は、その下で寄附が必要不可欠と告げられて困惑するかどうかと、そういう条文なんですよね。
ですから、当時、その寄附を求められて、義務感、責任感で自ら進んで寄附を行っていれば、それは困惑していたとは客観的にも言えないんじゃないですか。

○政府参考人(植田広信君) 因果関係は二と三の間にありまして、不安をあおり、又は不安に乗じたことの下で寄附が必要不可欠が告げられるということでございます。

○山添拓君 ③と④の間にも因果関係は必要ですね。必要不可欠と告げられて困惑をするということになるはずです。

○政府参考人(植田広信君) はい。御指摘のとおりでございます。

○山添拓君 ですから、私が伺っているのは、総理の答弁では、その当時は困惑しているか判断できない状態にあったと、しかし、脱会後に冷静になって考えると、当時、不安に乗じて困惑して寄附をしたということであれば、遡って取り消し得るような行為になるんだと、そういう答弁じゃないんですか。

○政府参考人(黒田岳士君) この条文は、結局、いずれにせよですね、あっ、後からですね、後から、後にどう思って、そのときに困惑していたんだと主張するための条文なので、そのときにどうかということがどうとかというよりも、結局、その自分が寄附してしまった行為について、後から遡って、あのときに困惑したと主張できるかどうかに懸かっているということです。

○山添拓君 違うんですよ。この条文は禁止規定なんですよね、してはならないと。してはならない行為は、行為の時点で定まらなければおかしいですよ。後から遡って、あれは困惑していましたと、そういう条文ではおかしいと思うんですよね。
結局、その行為の時点で禁止されるものかどうかというのは、被害者が事後的に寄附当時困惑していたと考えるかどうか、マインドコントロールから抜け出して冷静に考えるかどうか、その被害者の主観に懸かっているというのがこれまでの総理の答弁だと思うんです。
そこで伺いますが、法案の七条は、不特定又は多数の個人に対して四条の規定に違反する行為をしていると認められる場合に行政が勧告できるというものです。被害者がマインドコントロール下にあって、自らは困惑したとは思っていない、あるいは判断できない状態、その段階では四条に違反する事実というのはないですね。困惑がないと。そういう段階では、行政による勧告というのは、これはできないことになるんじゃないですか。

○政府参考人(植田広信君) そこにつきましては、条文を見ていただきますと、法人等が不特定又は多数の個人に対してということでございますので、その方は困惑していなかった状況であれば、その対象、禁止行為の対象、仮に対象外だとしても、その目が覚めておられて、主張されている方がいらっしゃる中で、同じ勧誘行為をしている当該法人についてはということでございます。

○山添拓君 今答弁にあったように、少なくとも目が覚めて、あれは困惑だったと主張している被害者が少なくとも何人かはいないとこの勧告はできないということになりますよね。
つまり、家族から、本人がマインドコントロールされて被害に遭っている、そういう情報を得たとしても、そういう情報が一つの家族から来たとしても、本人がマインドコントロールから抜け出していないなら、その段階では困惑という要件を満たしていないことになります。禁止される行為はないということになって、四条に違反する行為はないので勧告できないということになりませんか。

○政府参考人(植田広信君) 七条は不特定多数でございますので、一件であればそこはそういうことかと思います。

○山添拓君 そもそも一件だとできないという答弁でした。
複数の家族がマインドコントロールされて大変だと、私の家族がマインドコントロールされて多数の献金をさせられている、そういう家族がたくさん出てきたときに、みんながまだマインドコントロールされた状態だったら、これは動くことはできないということですか。

○政府参考人(植田広信君) そこは行政庁が見て、何らかの根拠があって、その三条でありますとかそういった問題があるということであれば報告徴収をするということになるのではないかと思います。

○山添拓君 いや、報告徴収をやったとしても、例えば統一協会の側が、困惑させていませんよと、みんな困惑していませんと。今訴えられている被害の中でも、先祖解怨をさせてくださいと信者の側から献金することを申し出て、献金をさせているんですよね。いや、困惑させていませんというふうに、報告を求めて、法人側から言われてしまったら、その先の勧告には進めないということになってしまいませんか。

○政府参考人(黒田岳士君) それは、法人の言うことだけを聞いて全部決めるわけではないので、全体の状況をよく調べた上で総合的に判断していくということだと思います。

○山添拓君 しかし、四条の規定に違反する行為をしていると認められる場合に勧告ができるわけですね。みんなが困惑していない状態、あるいはマインドコントロールから脱していない状態、そういうときが行政が介入する一番求められる場面だと思うんですけれども、必ずしもそのときに介入できないということになりませんか。

○政府参考人(黒田岳士君) 実質的には、やはりこれ、事後的に情報を集めてから動くということにはなろうかと思います。実際にその勧誘している瞬間に我々が察知していくということは不可能ですので、そういう意味では、そこに行けないのかと言われれば、それは限界があります。
そういった意味で、しっかり相談の情報を集めた上で、いろいろ事情聴取して集めた上でしっかり対応していくということだと思います。

○山添拓君 私は、この法案は、取消し権に加えて禁止行為とすることで行政措置や刑事罰の対象としていく、実効性確保のために肝になる点だと思うんですね。
ところが、今の話では、統一協会による最も典型的な被害であるマインドコントロール下での被害が続いている場合に、多くの信者がマインドコントロールから脱していないという状態では、この条文だと行政が介入できないおそれがあるんじゃないかと思います。
今の答弁でも、実際には事後的なものだというお話でした。それでは本当に実効性があるのかという疑念が生じます。
総理の答弁について更に伺います。
答弁戻っていただきますが、寄附当時は自分が困惑しているか判断できない状態であったとしても、脱会した後に、冷静になって考えると、当時、不安に乗じて困惑して寄附をしたということであれば、そのような主張、立証を行って取消し権を行使することが可能であると考えられますという答弁です。
確認ですが、寄附当時は困惑しているという自覚がなく、その後も脱会せず、マインドコントロールから抜け出していない状況では取消し権は行使できないということですか。

○政府参考人(黒田岳士君) この一連の議論の中ではっきりしてきたことについて申し上げれば、困惑という状況がやはり何となく二種類あると。自ら、例えば、もう少し別の事例でいいますと、本当は帰ってほしいのに帰ってくれないような状況何かは、内心では帰ってくれといいながら、無理やりサインをしてしまったということで、困惑して無理やりサインさせられたことは本人が自覚している状況と。いわゆるマインドコントロール下によって困惑していること自体に気付いていないという困惑もあり得るということで、そういった場合についても、後から、総理の答弁でいえば、そういったことで、そのときに考えれば、自分が自覚できないほど困惑していたということが立証できれば、その取消し権を行使することが可能であるという答弁の趣旨だと理解しています。

○山添拓君 それは、つまり今おっしゃった後段の方ですね。マインドコントロールされて困惑しているかどうか判断できない状態では取消し権の行使はできないと。事後的に、ああ、あのとき自分は困惑していたんだということを自覚して初めて取消し権の行使が可能になると、こういうことですね。

○政府参考人(黒田岳士君) 極端な話を申し上げてしまえば、そのマインドコントロールから覚めないまま一生ハッピーでいってしまえば、それはそもそも取り消そうという気にもならないので、まさにおっしゃるように、それは取消し自体が起きないということだと思います。
ですから、やはり、この取消し権を行使しようと思えば、やはり本人が、ああ、あのときは困惑していたというふうに思っていただく必要があろうかと思います。

○山添拓君 そこで、もう一点伺いたいんですが、今おっしゃったように、被害者自身がマインドコントロール下で困惑しているか判断できない状態では、その時点では取消し権を行使できない。行使する意思もないかもしれませんが、行使できないというよりも、この四条六号に基づくその要件を満たさないので取消し権が存在しないと、困惑していませんから、取消し権が存在していないということになると思うんですね。
この場合に、被害者の家族は債権者代位権の行使はできるんですか。

○政府参考人(植田広信君) そこは、本人の自覚にかかわらず、もし家族が、親、その親が困惑しているということを立証できれば取消し権は生じているということかと思います。

○山添拓君 いや、それはおかしいですよ。先ほどはそうはおっしゃらなかったんですよ。
本人の取消し権がないと、本人は取消ししないだろうし、ない、できないと、困惑の要件を満たさないので。で、マインドコントロールから脱した後にあのとき困惑していたと振り返り、できるようになるんだと、それが総理の答弁ですよ。

○政府参考人(植田広信君) 先ほど申し上げましたのは、その時点で既に困惑をしているということで、本人が気付いていないというふうに申し上げました。そのときに、困惑しているという時点で取消し権はあるわけですけれども、そこの立証が困難だということでございます。

○山添拓君 次長からも答弁ありますか。

○政府参考人(黒田岳士君) なかなか難しいと思いますが、例えば家族の場合ですけれども、家族が、本人も自覚していないような、自分の親がですね、本人も自覚していないような困惑に陥っているということを仮に主張して、それが立証できれば理論上はその代位権が行使できるということであります。

○山添拓君 ということは、今次長もおっしゃったように、なかなか難しいということですよね。
本人が困惑し、いや、客観的には困惑しているけれども、困惑しているかどうかは判断が付かない、マインドコントロールの状態にある、そのことを家族が本人に代わって立証する。本人はまだ抜け出していない状態ですから、取消し権行使はおよそ期待できない。
だからこそ、債権者代位という、代わって行使しようという仕組みが考えられたんだと思うんですが、次長がおっしゃったように、この債権者代位権の行使が一番活用が求められる、本人がマインドコントロールされているその状態で使うことがなかなか難しいというのは、これは実効性の点では極めて疑問があるんじゃないでしょうか。

○政府参考人(黒田岳士君) そこの部分は、債権者代位権の行使にかかわらず、そもそもここの条文に信教の自由に十分配慮しなければならないとか、議論の中で財産権の侵害に気を付けなければならないというような議論もあるように、そもそもマインドコントロールという言葉自体の定義も難しいということもありますし、通常のその信教活動に支障を来さないその勧誘と悪質な勧誘をどこで区別付けるかということもありまして、この法律を実際に使ったからといって、何といいますか、実際にその方がマインドコントロールに覚めたか覚めていないとか、実際にマインドコントロールにあるのかということについて、それを実際に立証することは難しいということは率直に申し上げておく必要があると思います。

○山添拓君 いや、ですから、私は、何だかこの法案を作ったことで、困惑していたこともマインドコントロール下では容易に認められるかのような答弁がされたり、多くの被害が救済されるかのように言われたり、あるいは不十分な点はないと、とにかく今後の社会情勢を見守ってという最初の大臣の答弁にもありましたが、今一番問われている統一協会による被害の救済に正面から本当に向き合うものになっているのかということをやっぱり問われると思うんですよ。
で、現実はどうなのかといえば、統一協会などの宗教二世でつくる宗教二世問題ネットワーク、最近設立されましたが、会見が行われました。今度の法案が献金被害の実態に即していないという主張が様々されています。先月末から緊急に行われたアンケートの結果が紹介されていますが、親は統一協会への返金請求やそのための訴訟に積極的かという問いに対して、積極的だと答えたのは四・七%にすぎませんでした。
ですから、親が統一協会に返金を求めない、その際、家族にとって取り得る手段として債権者代位だという説明がされてきているわけですが、親がマインドコントロールされていて、親自身は取消し権を行使しない。というか、法的には取消し権は発生していないように見えるわけですね、困惑していないように見えますから。それを親も証明しようとしない、証明できない、主張もできない、そのときに、代わりに家族が主張を立証していくというのは、これは極めて困難な道になるんじゃないですか。

○政府参考人(植田広信君) おっしゃったとおり、一件一件であればそうなんですけれども、今回の新法の重要な点は行政措置が入っているところでございまして、仮にその方は目が覚めていないという場合はありますけれども、統一教会のように大勢の方が目が覚めて被害を訴えられておる、同じ手口でうちの親もやられているといったときに、まあいろんな手段があると思いますけれども、そういったことで、仮に行政処分がされるようであればお母さんを説得する材料にもなりますし、そういったことで、また仮に裁判、この当時困惑がしていたということを本人が認めない中でも主張して立証することが可能になるかもしれないと、そういった、はい。

○山添拓君 いや、私は、その答弁では十分救済し得るとはとても受け止められないです。だって、現に今統一協会が行っている献金というのは、多くの信者に対して自発的に献金をさせているんですよね。そういうやり取りの、LINEなどのやり取りで、信者の側から先祖解怨をさせてくださいと、それに対してここにいつまでに振り込みなさいと、そういうことが行われているわけです。
ですから、困惑などないと統一協会の側が主張すれば、行政的な措置をとるに当たっても、何で違反行為がないのに勧告を受けなくちゃいけないんだという反論が容易に想定されるんじゃないかと思うんです。
大臣に伺いますが、被害者がマインドコントロールされている場合に、行政による勧告ができないのではないかと、あるいは債権者代位権の行使ができないのではないか、あるいは困難なのではないかという二つの点を指摘しました。これいずれも、マインドコントロールされて困惑せずに行った、本人の主観ではですね、少なくとも主観的には困惑せずに行った寄附が、事後的に寄附当時困惑していたと考えた場合には遡って取消し権の対象となる、そういう総理や大臣の答弁が、これが私は混乱のもとだと思うんですよ。法案の条文上は読めないようなことをこれまで言われています。困惑という要件は、勧誘をするその際になければならないのに、後から遡って困惑と認めればいいんだというような答弁をされてきたと。法案からはそう読めないですね。
ですから私は、やはり法案の修正か、あるいはこういう答弁の修正か、いずれかを行わなければ、マインドコントロール下での献金という被害の救済が最も必要な場面で十分機能し得ない法案になってしまうんじゃないかと思いますが、いかがですか。

○国務大臣(河野太郎君) 全く新しい教団が統一教会と同じようなことをやって、多くの方が困惑したままそれに気付いていないという状況であるならばそうなのかもしれませんが、もう既にこの統一教会の場合には、多くの方がこのマインドコントロールから脱して、困惑に気が付いて様々な対応をされております。これだけの不法行為という認定もあるわけでございますから。
政府として、財産権の問題あるいは信教の自由というような問題に十分配慮しながらこの法案を作ったわけでございますので、今の統一教会の問題については、この法案が成立した暁にはしっかりと現場で対応をし、様々な被害者の方々に十分な支援をすることで、後から困惑に気付いた、そして取消し権を行使をする、そういう方が増えてくれば、より多くの方がそれに気付いて、自分も困惑していたんだと言うことができるだろうと思いますし、家族の方が、家族がまだ信者ではあるけども、これは当然に困惑をして行った寄附であって、代位権を行使する、そういうことがこれは十分にでき得るんだろうと思っております。

○山添拓君 統一協会だって、解散命令が出されるということになれば、そのまま存在することが難しくなり、別法人つくるかと、そういうことも懸念されると思うんですね。そういうときに果たして実効性あるものになるかということを問うているわけです。
もちろん、裁判を闘っていく上で、様々に法の趣旨を読み込んで解釈を求めていく、こういう場合も困惑と言えるんじゃないかと、そういう活用をしていくことはあり得ると思うんです。私もそれ期待したいと思います。しかし、ここは立法の場です。今、法案審議を通じて、より実効性のあるものに、誰が見ても統一協会によるこういう被害に対して使えるものと言えるように、困惑があったかなかったかということを、事後的に気付いたか気付いていなかったか、そういう議論をする必要のない条文にしていく、条文上読めないことを読めるかのように言うのではなく、そういう審議をして、条文そのものを変えていくということが必要だと思います。そういう努力を更に進めることができるはずだと思うんですね。
しかし、条文上はなかなか読めないことを読めるかのように言い張って、あたかも広く救済されるかのように主張されるのは、これは過度な期待を生じさせて、結局被害者を落胆させることになりかねないと私は思います。
次の点に行きたいと思います。
入信から寄附の勧誘までタイムラグが長期にわたる場合について伺います。
法案の四条六号は、寄附の勧誘をするに際しという条文です。際しというのは、普通はそれほど長い時間を意味するとは読めないですが、これは何年ぐらいまで含むんですか。

○政府参考人(黒田岳士君) 特に何年といった基準はございません。一連の、最初に勧誘する者がその勧誘、寄附者に接してから寄附するまでの間の時間を指しております。

○山添拓君 今答弁されたのは、消費者契約法の逐条解説での際しの解釈かと思います。
統一協会は、入信させる当初の段階では、必ずしも寄附が必要不可欠と告げるわけではありません。数か月から数年掛けて伝道を強化し、信仰を利用して献金をさせます。
総理は、入信前後から寄附までが一連の寄附勧誘であると判断できる場合には取消し権の対象になると、こう答弁されていますが、当初の段階ですね、最初の接触、その段階で献金のことを全く触れていなくても、事後的に見て一連の寄附勧誘と、禁止される寄附勧誘ということになるんですか。

○政府参考人(黒田岳士君) 今委員の御指摘のように、勧誘と言える場合もあり得るということだと思います。

○山添拓君 条文の普通の読み方ではそうはならないと思います。寄附の勧誘をするに際し、不安をあおり、不安に乗じて必要不可欠と告知し、困惑させたですから、すごく長いタイムラグ、スパンがある場合にそこまで読み込むのはなかなか無理があるんじゃないかと思うんです。
例えば、全国弁連の声明では、寄附の勧誘をするに際しという文言を、この六号の場合については注釈を付ける、その活動資金が寄附によって賄われている団体の場合には、当該団体の構成員になることを勧誘した際の言動も含めて同号への該当性を判断するものとする、そういう条文にすることを提案されています。これなら明確だと思うんですね。最初の段階から禁止行為に当たり得ますよということが明確になると思うんです。統一協会側の言い逃れを許しかねない条文のままにするべきではないと思うんです。
こういう、私から見れば無理が、解釈上の無理が法案の段階から、審議の段階から既にたくさん生じているのは、この法案が消費者契約法の困惑類型を借用するものだからです。
全国弁連が声明で述べているように、消費者契約法で想定しているのは、専ら一回的、単発的な取引です。しかし、統一協会における献金は、正体を隠して数か月から数年、長い期間を掛けて伝道、教化し、そうして持たせた信仰を利用することで、入信から何十年も経過した後まで継続的に献金をさせます。伝道、教化の際の言動が、あるときから遡って寄附の勧誘をする際にという文言で読めるかと言われれば、それはなかなか普通の条文の読み方としては無理があると思うんですね。
大臣に伺いますが、そもそも、なぜ困惑したと、そういう規制の在り方にこだわったんですか。

○国務大臣(河野太郎君) 意思表示の取消しをするわけですから、その時点に困惑をした、つまり意思表示に瑕疵があったので取り消すということで、困惑していることが必要になるわけでございます。

○山添拓君 衆議院で宮下参考人からも指摘があったように、霊感商法の対策検討会は、いわゆる付け込み型の不当勧誘に対する取消し権が必要、霊感商法等に対応できるものとして法制化に向けた検討を急いで行うべきとしていました。
本来、困惑類型とは異なる救済のための法制度を検討していたんじゃないんですか。

○政府参考人(黒田岳士君) この統一教会の議論が出る前から、そもそも、消費者契約法について、その前回改正したときの附帯決議に従いましてその消費者契約法の在り方については議論していたところでございます。
今回、この新たに消費者契約法を改正するその六号の部分について、乗じと、不安を知りながらそれに乗じという部分については、ある種、この霊感のそのマインドコントロール的な勧誘については、いわゆる付け込み型について、ある程度その議論を反映できているんではないかというふうに認識しております。

○山添拓君 しかし、困惑は残したわけです。
二〇一四年に日弁連の消費者契約法改正試案が出された際にも、いわゆる付け込み型不当勧誘、そういう類型として既に条文の形で提案されていました。
本来あるべき規制があるなら、この法案でマインドコントロール下での被害をほとんど救済できるかのように、そういう答弁はされない方がよいと思います。もっとあるべき規制の在り方というのは探求し得るんだと思うんですね、これまでにも積み重ねがあるわけですから。そして、本来はこの法案の審議を徹底させて、必要な法規制に変えていくべきだと思います。
法案の三条、配慮義務について伺います。
衆議院における修正で、十分に配慮しなければならないという条文になりました。衆議院の法制局に伺いますと、十分に配慮という文言がある法律は、ほかに十あるそうです。しかし、よく聞きますと、秘密保護法、組織犯罪処罰法、国民保護法など、国や地方公共団体など行政が国民の基本的人権を制限するおそれのある場面で十分に配慮するよう求めると、そういうものばかりで、権力と国民との関係ではなく私人間の契約関係での法律ではないわけです。
先ほど田村議員との質疑でありましたが、この法案の十二条も、国が権力行使をするに当たって十分に配慮せよと、そういう条文ですよね。
消費者庁に伺いますが、この法案の十分に配慮という文言は、これまでの使われ方とは違うと思います。この修正によって裁判所がその効果をどう考慮するかについて、現時点で何か言えることありますか。

○政府参考人(黒田岳士君) 確かに前例はないのかもしれませんけれども、実際の趣旨は、立法、修正された方に、提案者にお尋ねいただきたいところでございますが、十分配慮と定められることによりまして配慮義務規定の実効性が更に高まることが、この原案を作成をいたしました我々としては期待されると考えておりますので、そういった修正を踏まえた運用を行ってまいりたいと考えております。

○山添拓君 裁判で損害賠償請求をしたときにこの配慮義務違反が考慮されるという答弁をされてきていますので、しかし、裁判上この文言がどれだけ意味を持つかということは、今の時点では分からないですよね。
例えば、労働法で言う安全配慮義務というのは、職場でけがをしたり病気を負ったりした労働者が裁判を通じて使用者の責任を認めさせる、その闘いの中で判例上確立してきたものです。使用者には、労働者が安全に仕事ができるよう環境を整える、そういう契約上の義務があるという考え方で、こういうときの配慮義務というのは極めて重いものです。
しかし、法律で罰則を付けない代わりに実効性があるように見せるために使われる配慮義務というのは、あくまで配慮を求めるというものにすぎません。まさに罰則がない、罰則による強制力がないことに意味があります。ですから、同じ配慮義務という言葉でも意味合いは全く違うと思うんですね。しかも、統一協会側からすれば、十分に配慮しましたと言いさえすれば義務を果たしたことになってしまいかねません。
この配慮義務規定について、総理は、民法上の不法行為の認定、それに基づく損害賠償請求を容易にする効果が高いと答弁してきました。そういう場合もあるかとは思います。しかし、取消し権とはやっぱり違いがあると思います。
不法行為責任に基づく損害賠償請求では、違法性だけではなく、故意や過失、因果関係、損害の主張、立証が必要になります。当然、反論もされるでしょう。
配慮義務違反を主張、立証できたとしても、それだけで献金した分が戻ってくるとは限らないですね。

○政府参考人(植田広信君) 第三条に掲げている事項につきましては、これまで、統一教会を訴えた判決、判例、裁判などで不法行為として認められてきておるものでございますので、そうしたことを参考に今回規定しているということ。そうしたこと、何を立証すれば不法行為が認められるのかということの手掛かりになるものということでございます。

○山添拓君 いや、私が伺っているのは損害賠償請求ですから、不法行為だと違法性が認められただけでは献金した分が戻ってくるわけではないですよねということです。

○政府参考人(黒田岳士君) それは、状況によってそういうこともあり得ると思います。

○山添拓君 取消し権よりハードルがあるわけです。やはり私は、これは禁止規定とし、取消し権の対象とするべきだと思います。
総理は、昨日の答弁で、禁止行為は行為の規制、配慮義務は結果としての個人の状態を規定する、だから、より広い行為を捉えることができる、こういう答弁をしました。
そういう規定が作られることを否定はいたしません。しかし、統一協会の場合には、例えば正体を隠して接近する、使途を誤認させる、こういう行為によって被害を生じるという事実が現に存在しているわけです。ですから、その被害に見合った行為規制、やっぱり必要なんじゃないでしょうか。

○政府参考人(黒田岳士君) 時間がない中でこういう事例を持ち出すのはちょっと恐縮なんですけども、ちょっと別の例えでいいますと、例えば交通安全に配慮義務という話と、じゃ、それを実際に交通安全を配慮しないことを禁じるというのではなかなか難しいと。
じゃ、実際に交通安全を配慮するのに担保させるような禁止行為というのは、速度違反とか信号を守れとか、そういったことで実際には規制しておりまして、今回の、ちょっとその例えがそのまま当てはまるかどうかは分かりませんけども、配慮義務と禁止行為の関係というのは、今言ったような、どちらかというとアウトカム的なところに配慮しろといったことで、じゃ、それを達成するためには余りにもその具体的な行為がありますので、むしろそれを個別に禁止し始めると、それを一々全部書き出さなきゃいけなくなりまして、そちらの方がかえって条件が狭まると。むしろ、一つ一つの取消し権を証明するよりは一連の行為として配慮義務違反とした方が裁判実務では使い勝手がいいということもあり、今回、配慮義務ということについて判例を踏まえて導入しているものでございます。

○委員長(松沢成文君) 申合せの時間が参りましたので、質疑をおまとめください。

○山添拓君 それを裁判の実務者が、裁判実務に当たっている弁護士の皆さんが、それでは使い勝手が悪いと、より対応必要だということを、意見を述べているんですから、現場の意見をもっと取り入れるべきだと思います。
まだまだ引き続き審議が必要だと思います。そのことを述べて、質問を終わります。

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