山添 拓 日本共産党 参議院議員

ブログ

2017年10月5日

歴史を共有するという課題

先月沖縄を訪れた際のこと。
基地建設が強行される辺野古から那覇に戻る途中、読谷村のチビチリガマに立ち寄りました。「肝試し」と称してがまに入り、看板や額、千羽鶴を損壊したという少年らが逮捕されたばかりでした。

「チビチリガマから世界へ平和の祈りを」と題した石碑によれば…
1945年4月1日、米軍が読谷村の西海岸から沖縄本島に上陸。チビチリガマは海岸からほんの数キロのところにあります。翌2日、チビチリガマに避難していた住民約140人のうち83人が「集団自決」。83年になって、亡くなった人の約6割が18歳以下の子どもたちであったこと、ほかに2名が米兵により犠牲になったことがわかりました。遺族は住民とともに、「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」を建立。ところが完成から7か月後、何者かによって像は無残にも破壊された。「住民は怒り、遺族は嘆いた」ーー。

チビチリガマへは初めて訪れました。海も見通せる丘に、鬱蒼と茂った林がありガマが口を開けています。近くには小さな沢が流れている。ここで、米軍の上陸を知った人々は、どれだけ怖かったか。「いざという時は、お国のために命を差し出せ」と教育され死を強要された事実を思うと、言葉もない。

少年らが逮捕されたニュースは、沖縄の2紙でも連日報じられていました。政治的な背景はないようだとされていましたが、衝撃は大きい。歴史の事実を共有し向き合うことの難しさは、世代間でも、世代の近い者同士でも、突きつけられる。

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