山添 拓 参議院議員/弁護士 東京選挙区候補 日本共産党

国会報告

2022年・第208通常国会

憲法審査会で、合区問題について参考人質疑を行いました。

○参考人(新井誠君) よろしくお願いいたします。広島大学の新井と申します。
この度はこのような貴重な機会をいただき、ありがとうございました。
早速始めさせていただきたいと思います。
初めに、人口少数地域の代表者減少の中で再考する参議院の姿とございますが、もう既に御承知のとおり、参議院の中での代表というのは、非常に小さい県などは代表者が少なくなっているという現状でございます。で、数年前からこの合区というものが導入されたわけですけれども、私は合区というのは非常にいろいろな課題を抱えている問題だと思っております。
早速、一に入らせていただきたいと思います。
合区をめぐる問題としては、私が考えていることは、そこに書いてあることがあります。まず一つは、人口少数の隣り合う一部の県、人口少数県のみが対象とされているというふうなことに対しての不公平感や不満感、不安感などがあるのではないかというふうなことがございます。
この点、私などは、実は人口多数の都道府県選挙区に関しての改革提案などはなぜなされていないのかというふうなことに常々逆に疑問を持っております。まあ少数県というのは、人口が少ないがために大きな声を上げてもなかなか国政の大きな話題になりづらいというふうなことが背後にあるのではないかなと思うわけですが、さらに、重要な御指摘として、その合区というふうなものは実は論理的にもちょっと問題があるんではないかというふうなことが京大、京都大学名誉教授の大石眞先生などからお話が出ておるわけです。そこに引用させていただきましたが、仮に隣接する区域や県などに限るとするならば、地域的限定を排除するとしながらそれに依拠した議論をするものであって背理というほかないだろうという厳しい御意見なども出されているところであります。
二番目です。この問題は、人々の土地にまつわる感情というふうなものを非常に軽視されているのではないかと私などは思うところがございます。
実は、その都道府県単位という認識しやすい指標によってその選挙区というものが設定されていたわけですが、それの喪失によって、全国の地域の人々が政治参加をしているのだという実感それ自体を持ちづらくなっているというふうなことにならないかというふうな問題がございます。
古い文献ですが、宮澤俊義教授が、非常に古い文献ではございますが、人と土地との関係というのはある意味において全人格的であるというふうなことをおっしゃっているところです。ですから、地域を基盤とする選挙区というのは正統化されるのだというふうなことをおっしゃっているところですが、この土地というふうなものとの人格というふうなものとの関係というのを重視した検討が必要ではないかなと思うところでございます。
三番目。都道府県制とは何かというふうなこと、あるいはその憲法上の位置付けの問題がございます。
先ほど、括弧の二番のところでは人の感情の面からお話をしましたが、実は都道府県というふうなものは、それ自体がやはり政治的、行政的単位として重要な位置付けを与えられてきているわけです。仙台高裁の秋田支部の令和元年判決というのは、参議院選挙の一票の較差について議論されたものですが、そこの中では、単に都道府県という心理的一体感の素因として存在するにすぎないものではないということが言われていて、都道府県自体の意味というふうなものが述べられているところでございます。
それを選挙区の中に、選挙区として都道府県をどういうふうな、位置付けるのかというふうな問題というのは出てくるところではございますが、しかし、既に長いこと定着している都道府県制というふうなものを選挙制度の中でその重要な考慮要素として位置付けることが重要ではないかなと思っているところでございます。
実は、こうした問題というのは、具体的なその憲法上のどこの条文というふうなことというふうなことよりも、そもそも代表制のあるべき姿とか、人々と政治との間の距離の視点から見た場合の憲法秩序全体に関わる問題がここには登場しているんではないかと私は思っているところでございます。
二番に入りたいと思います。合区導入と最高裁判決の話でございます。
この辺りは既に御案内のことかと思いますので非常に簡潔にお話ししたいと思いますが、実は、合区導入前の平成二十四年、平成二十六年判決の辺りで、この一票の較差を厳格にすべきだという、厳格に捉えてそれをきちんと確保すべきだというふうなことで、都道府県の選挙区単位などは憲法上の要請ではないといったものとか、それを選挙の仕組みの合理性を基礎付けるには足りなくなっているといった評価がなされておりました。これによって合区が導入されたわけですが、その後、御承知のとおり、その当地の投票率などが下がったりしたりとか、またあるいは関連団体が合区反対の決議を採るなどというふうなことがあったりしました。
その後、実は平成二十九年判決や令和二年判決などは、少しやや揺り戻しがあったのかなというふうなことがあります。揺り戻しといっても、私は釈明というふうなことの、言葉を使っていますが、実は、別にその都道府県を参議院の選挙区単位とすること自体が不合理なものとして許されるものではないといった言い方とか、また、令和二年判決などは、合区の解消を強く望む意見も存在する中でというふうなことを言うというふうなことがございます。この辺りは最高裁も、やはりこうした人々の動向というふうなものを非常に重視したのではないかなと思っているところでございます。
大きな二番に入りたいと思います。
この問題をめぐっては、常々言われてきた憲法上の諸論点というものがあるかなと思います。
まず一つは、一票の価値の平等の議論で、投票価値の平等の議論が出てくるかなと思います。
これについては、多くの場合は、投票価値の平等論というのは非常に重要だというふうなことは当然言われているところがあります。ただ、古い文献などを当たると、機会の平等に加えて、価値の平等をどこまで入れるのかというふうな問題というのがあるとは言われています。
もっとも、それでも投票価値の平等というのはやっぱり重要な価値であるというふうなことを考えてみたとしても、これを一義的に重視することによって失われる他の利益の喪失みたいなものがないのかというふうなことは考えるべきではないかなと思っております。
また、二番です。全国民代表に関する議論というのは、これも、憲法学的には、通常二つの側面があるとして議論されています。
一つは、禁止的な規範意味ということで、いわゆる自由委任原則というふうな議論です。もう一つが、積極的規範意味というふうなことで、これは、法的に何かというよりも、全国民のために行動することを国会議員に求めるという規範でございます。
実は、この積極的規範意味というふうなことというのは、その地域を基盤とする場合もしない場合も、議員が全国民代表するなら、ために行動するならば、どちらでもよいと言うとあれなんですけど、どちらでもよいというふうな概念として機能することになりますが、ただ、実はこのことというのは、私は、比較的その都市の代表というふうなものが多数になる事態というのが当然見込まれるんではないかなと。
つまり、事実上の問題で全国民代表として振る舞う議員さんというふうな像があるわけですが、しかし、その議員さんも地域で選ばれている以上、やはり人口多数地域の方が多いとなると都市代表が増えるというふうなことは事実的に出てくるだろうというふうなことがあります。
実は、このような全国民代表論というのは、地域利益というふうなものばかりを考えていてはいけないというふうなことで機能してはいたかと思うんですが、では、じゃ、その地域の人々が心配しているのはそこなのかというふうなことになると、私は、実は地域の人々は、議員さんがその全国民のために代表すること自体は否定していなくて、それは否定しないけれども、自分たちの基盤とする地域から人が出せないというふうなことに関しての、何か少し弱い地位を与えられているんではないかという不安感みたいなものがあるのではないかなと思います。
実は、この全国民代表の議論をめぐっては、かつて公正かつ効果的な民意の反映というものが最高裁などでも言われてきました。今も言われてはいるんですが、実はこのことが非常に積極的に使われてきたところがあるような気がします。すなわち、それは多角的民意の確保をしようという議論でありました。
私などは、人口や有権者比例からはこぼれ落ちる諸価値を拾い上げる機能として、補完的な意義としてこの問題を捉えておりまして、とりわけ合区というふうなものというのは、こういうふうな本来的には拾われる諸価値のうちの一つの観点からすると、もう少し考えられなければいけない、解消されなければいけないというふうに思っているところがございます。
三番、民主的単一国家における両院制の現代的意義とございます。
両院制の議論をめぐっては、よくその二つの観点から消極的な評価がされることがございます。一つは、その政体との関係から民主的単一国家においては不要だとする、もう一つは、両院の権限関係からその両方の、一方が強過ぎても弱過ぎても問題であるという功利的な観点から言われています。
ただし、私は、民主的な単一国家において、じゃ、本当に両院制は不要なのかというと、すなわち、常に消極的意義しかないのかと言われますと、いや、そうではないと、現代の国家においては実は非常に意味があるというふうに思っております。とりわけ、ちょっと長くなるので読みませんが、多元的な意味でデモクラシー型の要は両院制というふうな観点からしますと、実はここに書かれているようなことというのは、要は、単に国民の理解、利益というのは単一で利害を共通にするという観念というのは、まあ古典的には重要だったけれども、しかし現在ではいろいろな価値をデモクラシーの中で反映させるんだというふうなことが重視されているんだということがある中で、実は、両院制のやっぱり一つの大きな意味は、地域などを基盤とする利益というふうなものをどういうふうに代表者の中に創出していくかというふうなことが重要ではないかと思っているところでございます。
大きな三番に入ります。
参議院の役割論から考えるというふうにございます。
この辺りは、両院の権限関係と組織方法との関係で両院の姿が変わってくるというのはよく言われることでございます。
これについて、最高裁によって出されているメッセージというのは、私が理解しますには、例えば平成二十四年判決などを見ますと、権限関係に関する説示も組織関係に関する説示も、両方同質的なものになってきているので投票価値の平等の確保を優先しようというふうな論理になっているような気がします。
ただ、実は、この問題と、一方で、実は最高裁が持っているかなと思われ、これまで出してきた問題としては、権限関係をめぐる最高裁判決のメッセージというものがあるような気がします。そこに幾つか下線を引いていますように、例えば、それぞれの議院に特色のある機能を発揮させるとか、参議院の性格や機能、衆議院との異同をどうするのか、参議院が果たすべき役割をどうするのかという、実はこういうことを言っております。
実は、こうした観点から、参議院の新たな役割を期待するという声は憲法研究者の中からも出ております。ここに挙げましたのは一つの例ですが、こうした例えば政府、衆議院の政策を監視、統制するような機能を持たせるべきだといった、こういうふうな考え方もございます。
実は、この括弧三番のことをというふうなことではなく、今回の合区問題などを考えるに当たっては、参議院の役割論から考える、地域を基盤とする代表選出の在り方というのを考えるというふうなことがあり得るかなと思います。
東京大学の宍戸教授などは、やはりこの問題というのは参議院の権限とか意思決定の手続の見直しとセットで行われなければいけないというふうなことをおっしゃっていて、とりわけその権限とか意思決定手続の議論というのですね、それと都道府県制の維持というふうなことを重視しているところがあろうかなと思っております。
最後のページになりますが、そうすると、考えられますのはどういうふうなことかというふうなことなんですが、一つには地方公共団体、とりわけ都道府県を基盤とする制度、何かしら参議院における役割をより積極的に導入するといった方法が考えられるのかなと思います。
宍戸教授の示しているものは両院に関するものだったりしますが、とりわけ参議院で自主的にできる何かをというふうなことというのはあり得ます。他方で、フランスの第五共和制憲法などでは、これは憲法で元老院が地方公共団体の代表としての位置付けを与えられていますので、なかなか日本とすぐには比較はできませんが、こうした権能を与えたりしているというふうなことがございます。
もっとも、なぜ都道府県なのかというふうなことなどを考える必要というのは当然出てくるかなと思います。また、衆議院と地方との関係というふうなことを考えたときに、参議院のみが地方の利益を担うのかというふうなことを当然言われてしまうことがありますので、この辺りを考える必要があろうかなと思います。
大きな四番になりますが、この辺りも本当は重要なんですけど、ちょっと時間になったのであれなんですが、恐らく合区解消には法律レベルでの改革と憲法典レベルでの改革の方法があろうかなと思いますが、法律レベルの改革をしようとすると、結局最高裁からどういうふうなメッセージを受けることになるかというふうなことが課題になります。
他方で、憲法典レベルで改革をしようとすると、現在の憲法の中で選挙事項法定主義を非常に広く認めていることの意義とか、又は都道府県制を必ずしも憲法に書いていないというふうなこととの関係とか、またあるいは地域代表というふうなものを要は積極的に書き込んだ場合に、参議院自体の代表制の意味が変わったりする可能性がある、またあるいは衆参の権限関係をめぐっては、要はこういうふうな代表制を取るんであれば大分もっと変えなきゃいけないんではないかという、そんな議論も出てくるかと思います。
急ぎましたが、私の意見を以上で終わらせていただきます。ありがとうございました。
○会長(中川雅治君) ありがとうございました。
次に、上田参考人にお願いいたします。上田参考人。
○参考人(上田健介君) 上智大学の上田と申します。
本日は、このような機会で意見陳述の機会を与えられましたことに感謝申し上げます。
早速、レジュメに沿いながら意見を申し述べます。
まず、一、合区の評価です。
合区についてですが、二つの角度からの評価ができるかと思います。
一つは、言うまでもなく投票価値の平等の視点です。合区は、最高裁の平成二十四年、二十六年の判決でそれぞれ一対五・〇〇、一対四・七七という最大較差であった定数配分規定につき違憲状態の判断が出されたことを受けて、較差を縮小させるために平成二十七年の公職選挙法改正で導入されたものです。合区導入後、最初の平成二十八年の参議院通常選挙で最大較差は一対三・〇八となりました。これにつき、平成二十九年の最高裁判決は、合区を都道府県を各選挙区の単位とする選挙制度の仕組みを改めるこれまでにない手法と評価し、これによって選挙区間の最大較差が上記の程度にまで縮小したこと、さらに、改正法が附則で次回の通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、必ず結論を得る旨を定めていることと併せて、合憲だと判断しました。
確かに、投票価値の平等の観点だけから見れば合区をこのように高く評価することは可能だと考えます。しかし、これも先生方御承知のとおり、合区は、特に合区対象県の住民を中心に反発を引き起こしました。その一つの表れは、先ほども御指摘ありましたが、合区対象県における投票率の低下です。レジュメに記載しましたとおり、平成二十八年、令和元年の選挙を通じ、合区対象県では、令和元年の高知県を除き、全国平均より上昇率が小さいか、あるいは低下率が大きくなっています。徳島のように二度の選挙を通じて一〇%以上投票率が低下してしまっている例もあります。
これは、合区対象県の住民から見れば、自分たちの県だけ一つの選挙区として扱われず、ないがしろにされているという感情によるものだと推察されます。地域の感情の意義は、つとに新井誠教授が指摘されていますが、これを法的に見ると、合区対象県の住民とそのほかの都道府県の住民との間で法の下の平等に反する事態が生じていると評価することもできます。そして、これをゼロか一かの差だと見れば、自分たちだけが承認されていないという、投票価値の較差以上に深刻な不平等取扱いだということすら言えるかもしれません。
もちろん、このような考えに対しては、合区を導入した時点で、全体として都道府県単位の選挙制度ではなくなっているのだから、そのような見方は錯覚にすぎないとの反論が可能です。また、もし今後合区対象県が増えてくれば、ほかの都道府県と異なる取扱いを受けているという感覚は弱まることも予想されます。
しかし、今度は、現在の選挙区の選挙制度はどういう理念でどういう代表者を選出することを意図しているのか、明確な説明ができないのではないかという問題を提示することができます。
二、参議院の選挙制度全体の評価です。
先ほどの疑問は、現在の参議院の選挙制度の比例代表部分、ひいては全体についても言えます。比例代表については、平成三十年の公職選挙法改正でいわゆる特定枠が導入されました。比例代表の一部につき政党等の判断により優先的に当選人となるべき候補者を順位付きで届け出ることができるものです。この仕組みを導入する目的は、提案理由によれば、全国的な支持基盤を有するとは言えないが、国政上有為な人材又は民意を媒介する政党がその役割を果たす上で必要な人材が当選しやすくなるようにすることだとされていました。
しかし、国会会議録を読めば、合区対象県のように人口的に少数派ともいうべき条件不利地域の声を国政に届けるような活用を想定しているという趣旨の発言が繰り返されています。また、これに併せて、比例区の定数を四増やしていることも合区対象県の議員の救済の意図がにじみ出ています。もし、特定枠導入がこの意図に基づくものであるならば、合理的なものとは言えません。
また、提案理由を文字どおり受け取るならば、これは拘束名簿式比例代表の目的と言えます。要するに、特定枠は拘束名簿式比例代表であるわけです。しかし、それならば、非拘束名簿式を取っていた従来の制度に拘束名簿式をはめ込む意味がよく分かりません。非拘束名簿式には、有権者と議員との距離を近づけるプラスの意義がある反面、票の流用という問題点、これが問題かは評価が分かれますが、これも指摘されていました。ここに拘束名簿式をはめ込むことは、問題とも指摘される点をそのままに、プラスの意義を打ち消す効果を持つことになります。
また、特定枠を使うか、どの程度使うかは政党の判断に任されています。政党が拘束名簿式か非拘束名簿式かという選挙制度自体を選択できるわけです。選挙のプレーヤーである政党が選挙のルールを選択できるというのは、比例代表制の導入時に説かれた政党本位の選挙制度という趣旨を超えた特権を政党に与えているように見えます。これがいかなる理由で正当化されるのかも定かでありません。
このように、比例代表の部分についても、現在の選挙制度はどういう理念でどういう代表者を選出することを意図しているのか、きちんとした説明ができないのではないかという疑問を提示できます。
次に、選挙区は、さきに述べたとおり、一都道府県で一選挙区のものと合区のものとが混合しています。他方、これを代表法の観点から見ても、改選ごとに一議席の選挙区と二議席以上の選挙区とがあり、言わば小選挙区制と大選挙区制とが混合しています。このような仕組みですね、これを全体として見た場合に、参議院にどういう代表者を選出することを意図しているのか、率直に言ってもうよく分からなくなっているという感想です。
歴史を振り返りますと、御承知のとおり、参議院の選挙制度は当初、全国区と比例区で始まりました。これは、大石和彦教授等の研究によれば、当時の政府や議員の中には、衆議院と構成を異ならしめるため職能代表制を志向する者が多かったものの、総司令部が難色を示したことから、その代替措置として、全国的組織を背景とする各界の有識者や有名な学者、文人等を選出できる制度として全国区を導入し、しかし、全議員を全国区で選出するのは初めての仕組みでリスクがあり、また参議院にも地域的要素を入れるべきだとの考えから地方区を加えたものでした。
全国区は、昭和五十七年の公職選挙法改正で拘束名簿式比例代表制に変わりました。その提案理由には、全国区は有権者には候補者選択の負担が重く、また候補者は莫大な費用と労力を要するという問題を解消するとともに、政党が国政において重要な機能を果たすようになっているという認識の下、政党本位の選挙制度に改めるという趣旨が述べられていました。比例代表制の導入には、無所属を排除する、あるいは良識の府であるべき参議院の党派性を強めてしまうという批判もありました。しかし、何より、その後、衆議院でも政党本位の選挙制度として比例代表制が導入されましたので、その結果、参議院の独自性が見えなくなっています。
他方、選挙区の意義については、一九七〇年代頃から、単なる地域的要素ではなく都道府県代表だという言説が国会審議でも見られるようになり、昭和五十八年の最高裁判決が事実上の都道府県代表と述べたこともあって、いつの間にか都道府県代表であるという認識が定着しています。しかし、実はこの意味は曖昧で、また参議院の実際の働きとの関係も見えません。そして、合区により都道府県代表という説明は破綻してしまったわけです。
これらを全体として見たとき、参議院の選挙制度には端的に合理性がないのではないかという、これはまあ違憲だということを示唆しておられるわけですが、最近の櫻井智章教授の見解に私も共感を覚えます。
三、今後に向けてです。それでは、どうすればよいかですが、大変難しい問いです。ポイントは二つあると考えます。
一つは、言うまでもなく、参議院の役割をどう考えるかです。大きく分ければ二つの方向性があると思います。
一つは、議院が二つあること自体で直ちに法案審議などを慎重に行えるとして、参議院の役割も衆議院と同じに考えればよいというものです。
もう一つは、衆議院とは別の役割を考える方向です。この場合、衆議院は第一院として国民全体を代表する存在ですので、参議院はこれと異なる形で民意を代表させることになります。
諸外国の例で挙げれば、ア、職能代表と言えるかもしれませんが、多様な職域や業界の代表者、イ、地方公共団体の代表者、あるいは理論的に提案されているものであれば、ウ、年齢別代表などの切り方が考えられます。また、アと重複しますが、経験が豊富で能力や才能のある人々で構成するということも考えられます。
もっとも、これらが憲法四十三条一項の全国民を代表する選挙された議員と抵触しない範囲で実現可能かという点は吟味する必要があります。この全国民の代表の含意については様々な見解、解釈がありますが、私自身は、選ばれた議員と有権者との関係、また議員の政治道徳を説いたもので、選び方については選挙によるべきことを含意するだけではないかと考えています。
もう一つのポイントは、衆議院との権限関係です。
大石眞教授がつとに指摘されるとおり、権限と組織は相関関係にあると考えられます。二院制を取る欧州諸国を見ても、完全に対等の権限を持つイタリアの元老院では人口比例の議席配分が要請されているのに対し、立法では実質的に約一年間の停止的拒否権しか持たないイギリスの貴族院は任命制、同じく立法で意見が一致しない場合には国民議会の議決が優先されるフランスの元老院、これは間接選挙であり、人口比例、厳密な人口比例を論じる以前のやり方を取っています。両院の権限が対等であれば、第二院の民主的正統性、すなわち投票価値の平等は強く求められ、非対等であるならば、この要請はかなり弱まるということです。この論理は、日本においても同じだと考えられます。
この点、最高裁の平成二十四年判決からうかがわれる判例法理に立ったとしても、私の読み方ですが、参議院が法案等の審議に際し、衆議院の判断に敬譲する態度を示していくならば、投票価値の平等の要請は弱まるのではないかと考えられます。
二つのポイントを併せ考えると、参議院を衆議院と対等で同じ役割を果たすものだという方向に寄せていくならば、その分、投票価値の平等の要請も衆議院と同様に求められることになります。他方、参議院を衆議院とは異なる形で民意を反映させるため投票価値の平等にこだわらない選挙制度を考えるのであれば、特に立法に関する決定権限を弱めるべきだということになります。
それには憲法改正しなければならないと言われそうですが、今ある権限を抑制的に行使すること、これは憲法上可能です。当の参議院議員の方々が権限を手放すことに抵抗感が強いことは認識していますが、私自身はこの方向に進むのがベストではないかと考えています。
立法の最終決定は衆議院の判断に従うが、法案審議の中で、あるいは政府統制、行政監視機能、これを強化し拡充して、そういう中で、衆議院では出されないような多様なバックグラウンドを持った立場、利害からの意見、あるいは専門的な知見を国政の議論の場に持ち出し、世論を動かして、中長期的に、あるいは、まれには、場合によったら即座にも衆議院ひいては内閣、政府の考え方を改めさせる。そういう、何というか、補充的な役割、しかし極めて重要な役割を参議院は果たすことが考えられます。私自身はこちらの方向性がよいかというふうに考えております。
以上でございます。拙い意見を御清聴くださり、誠にありがとうございました。

 
○山添拓君 日本共産党の山添拓です。
今日は、貴重な御意見をいただき、ありがとうございます。
お二人の参考人にそれぞれ伺いたいと思います。
参議院の選挙区の合区による一票の較差是正は、今日既にお話もありましたが、一部の県だけが合区の対象となり、そうでない県との間で不公平や不平等を生むことになります。また、地方の人口減少が続けば、それに応じて新たな合区を設定していくことにもなります。
その意味で、合区による較差是正は限界があり、まあ既に限界かもしれませんが、そのように考えますが、お二人の御意見はいかがでしょうか。
○参考人(新井誠君) ありがとうございます。
私も、やはり合区で何かというふうなことだけでは何か限界があるのかなと思っております。実は、先ほどのお話の中でちょっと言い忘れたことあったんですけれども、結局は、あとはもう議員さんをちょっとやっぱり増やしたりするというふうな方向を少し考えないと、私は、減らすというふうなことが、それ自体が別に常に良識だとは思ってはおらず、そういうふうな確保をするというふうなこと、非常に重要なことだと思っていますので、実は、プラス、そうした議員の定数増などというふうなことも考えても、というふうなこともあり得るのかなと思っているところでございます。
もちろん、そこには経費の問題とか、やはりその議員さん自身の活躍というふうなものがきちんと見られるというふうなことが条件であるかなと思いますが、そういうふうなこともあるので、実は合区というのはなかなか、合区を解消しただけで何か次がというふうなことになると、確かにまだまだ課題は大きいかなと思っております。
取りあえず以上です。
○参考人(上田健介君) ありがとうございます。
私自身も、先ほど申しましたように、合区というのが行われたときには、その投票価値の平等の観点から専ら見れば、それで較差が縮まるので、一つの方法だったのかなというふうに考えておったんですが、実際やってみた後ですよね、のことを見ていきますと、まあやっぱりちょっとこれ問題がある仕組みだったんだろうと。
あと、その問題という中には、先ほどの地域との結び付きですとか投票率の低下ですとか、そういう問題ももちろん大きいんですけれども、従来、何か余り意識、言葉は言っていたけれども意識していなかった都道府県代表という、これがやっぱり崩れてしまっているわけです、完全に。
じゃ、今、繰り返しですが、参議院はこの選挙区というのは一体何を代表しているのだろう、いうところが、やっぱり改めて考えてみると私自身はちょっとよく分かっておりませんで、都道府県代表というところで辛うじてというか、言い方失礼ですけれども、何か説明が付いていたように見える部分がちょっと付かない、もう完全に付かなくなってしまっていると。
ただ、これポジティブに考えれば、こうなったおかげでというか、せいでと申しますか、両義的ですけれども、先ほど来の御議論のように、都道府県代表としての参議院というのは一体どういう活動をすることが考えられるんだろうかということをやっぱり真剣に議論されるようになっていますので、一つは、まあもしそこにこだわられるのであればそちらの方向で都道府県代表としての参議院の役割、衆議院とは違う役割というのはどういう働きがあるのかということについてもっと強く打ち出していただいて、有権者あるいは最高裁に対してもメッセージを発していただくということが重要なんじゃないかなというふうに考えます。
以上です。
○山添拓君 ありがとうございます。
最高裁が抜本的な見直しを求める中で、二〇一五年に自民党が強引に進めた合区制度が早くも限界を露呈しているということであろうと思います。
次もお二人の参考人に伺います。
この合区を解消するために憲法改正が必要だという議論が、主張があります。しかし、今日もお話がありますが、参議院が衆議院にも対等に近い強い権限が現状ある下で、参議院のみ投票価値の平等の要請を後退させるのは憲法論的に無理があるのではないか。また、都道府県にアメリカやドイツの州と同様の高い独立性があるとは言えない下で、やはり投票価値の平等の要請を後退させるのは、これも憲法論的に無理があるのではないかと思います。
合区を正当化するための改憲論の合理性について伺いたいと思います。
○参考人(新井誠君) ありがとうございます。非常に重要な御指摘かなと思っております。
これは、代表、国の、国家の代表をどういうふうに選出するのかというふうな問題に非常に関わってくるまさに問題かなと思っております。憲法改正論をして合区を解消するか、法律論で解消するかというふうなことは、恐らく最終的にはもう国民が決めるしかないというふうなことになろうかなと思うんですが、憲法改正で仮に何人みたいなことを選ぶというふうなことにするならば、それはその地方自治像みたいなものというか代表像みたいなものを構成していくというふうなことがあろうかなと思います。
要は、世界の様々な国を見る限り、確かにその国々の中で一票の較差の議論というふうなものが非常に守られていないという批判もある中で、憲法事項としてそれを設けている国は、やはりそこで何を選出しようか、何を、どういうふうなものを代表としようかというふうなことについての議論というふうなものが別途あるような気がしております。
私は、今直ちに憲法改正で合区解消というふうなことでなくても、先ほど来お話ししたように、参議院の役割みたいなものをもう少し積極的に位置付けたりするというふうなこととか、議員の定数を増やしたりとか、そういうふうな方法で、もういろいろ方法はあるのかなと思っているところでございまして、その憲法改正かどうかというふうなことよりも、私は、とにかく合区という方法はやっぱり、ちょっと一番やっぱりちょっとまずかったというふうなことがある、それ以外の何かというふうなものをやってはいかがかというふうなことは思っているところがございます。
それが更なる合区や、もっともっとほかのところを足してブロック制というふうな方向でもいいのかもしれないんだけれども、今はとにかく本当に一部の県の人たちがちょっと喪失感を受けている、そこがとにかく問題ではないかなということでございます。
済みません、長くなりました。
○参考人(上田健介君) ありがとうございます。
ちょっと同じことの繰り返しになるかもしれないんですが、法律、現行の憲法の枠内で法律等により対応するのか、それとも憲法改正に行くのかという話もさることながらというか、仮に憲法改正に、やるとしても、ただ、じゃ、今のままで、じゃ、憲法を改正して現状を合憲にします、これ形式論的にはもちろん通るんですけれども、やっぱりその中身ですよね、やっぱり参議院というのはどういう代表を選ぼうとしているのかというそのやっぱりきちんとした中身の議論がなければ、それは憲法改正にしてもそうですし、現行憲法の中で法律等の制度の改正、改革によって対応するにしても。
いずれにしても、何というか、中身というか、参議院というのはどういう理念でどういう代表を選ぶんだという議論をきちんとしていただく必要があるんじゃないかなというふうに考えます。
以上です。
○山添拓君 憲法は選挙制度を設計する前提として投票価値の平等を要求し、一方、都道府県を選挙区の単位としなければならない憲法上の要請はない、したがって現在の仕組み自体を抜本的に見直すべきだというのが累次の最高裁判決の基本的な姿勢であると思います。
ですから、議会に民意をなるべく正確に反映させることが議会制民主主義で重要であり、最優先されるべきだと、憲法の要請というのは基本的にはここにあるんだと思いますけれども、最後に短くそれぞれ御答弁いただければと思います。
○会長(中川雅治君) 時間が来ておりますので。
○山添拓君 あっ、じゃ、短く、いいですか。
あっ、じゃ、いいです、いいです、分かりました。
結構です。私はそのように考えますということで、意見表明に代えさせていただきます。
ありがとうございました。

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